軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜
返事はしたものの、凪の目は神輿に夢中だった。神輿の移動に合わせて、人波が大きくうねる。
(流されるな……)
「凪、こっちへ──」
そう言って振り返り、差し出した手は空を斬った。
そこにいたのは見知らぬ見物客の女性だった。
「……凪……?」
はっと息を飲み、キョロキョロと周囲を見渡す。どこを見回しても、あの淡い色の浴衣姿は見当たらない。
(凪を見失った……⁉︎)
途端に頭が冷え切った。人波を掻き分け、がむしゃらに凪を探す。
「凪! 凪……っ!」
呼吸が浅く荒くなる。胸の奥が、痛いくらいに早鐘を打っていた。
(どこだ……どこにいる……っ!)
息が詰まり、将臣は胸元を強く掴んだ。
死線も潜り抜けた軍医が、人混みで凪を見失っただけで──手が震えるほど狼狽えている。
その時、将臣の裾をきゅっと引っ張る控えめな手があった。
「将臣様!」
頬を上気させた凪が、無邪気な顔で将臣を見上げていた。
「また、向こうから違うお神輿が来ますよ!」
「凪……っ! お前、どこへ行っていた……っ!」
「すみません、神輿に見とれていたら、あちらへ流されてしまって……」
子どものように無垢な笑みを浮かべる凪を前に、将臣は乱れた息を整えながら、「……勝手にいなくなるな」と呟くのが精一杯だった。
「すみません。では、あの大きな木の横で見ませんか? あそこなら目印になりますし」
「……ああ」
弾むような足取りで前を歩く凪の背中を、将臣は追いかける。
心臓がまだ嫌な速さで脈打っていた。
(医者が……これくらいのことで取り乱すとは、情けない……)
そう自分に言い聞かせても、足が重い。
(……なぜ私は、あれほど焦ったのだ……?)
胸の奥の激しい動悸の理由を、将臣はまだ自覚できずにいた。