軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜
「……怖いです」
「え……?」
「皮膚を縫う音も、血の臭いも……本当は、全部怖いです」
凪の指先がかすかに震えていた。
「ですが……っ」
その震える手で、凪はぎゅっと自分の着物を握りしめた。
「将臣様をお助けしたいんです!」
まっすぐな、偽りのない瞳が将臣を射抜く。
「だから……どうかお手伝いをさせてください」
恐怖を必死に押し殺し、凪は精一杯の笑顔を向けた。
その瞬間、将臣の胸の奥で、心臓が壊れそうなほど強く跳ね上がった。
──軒端から滴る雨漏りが、凪の肩を濡らした。
将臣は考えるより先に手を伸ばし、凪の肩を抱き寄せた。
「あっ……あの、将臣様……?」
突然腕の中へ引き寄せられ、凪の顔が朱に染まる。
将臣自身、自分がなぜこんな行動に出たのか分からなかった。
「……濡れるだろ」
それだけを絞り出すのが精一杯だった。
腕の中にある凪の柔らかい温もりが、冷え切った自身の身体へじわりと染み込んでくる。
(……離したくない)
離さなければならない。そう思うのに、腕が動かない。
守らなければと思った。
怖い思いをさせたくないと思った。
けれど、それだけではない。
(俺は……凪に、触れていたいのか)
胸の奥が、激しく脈打つ。
腕の中の小さな身体を、もう一度だけ強く抱き寄せたい強い衝動。
──けれど将臣は、まだこの感情の名前を知らなかった。