軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜
10話 あなたの隣にいる資格



 ある日の夕刻だった。
 仕事を早めに終えた将臣が帰宅したのと同時に、晴臣が駆け込んできた。
「兄上! お客様です」
 その声に、将臣と凪が玄関先まで出てくる。
 ワクワクした顔の晴臣が、開いた扉の先にいる客人へ、手で入るよう促した。
 現れたのは、上品な装いの美しい女性だった。
千条(せんじょう)薫子(かおるこ)さんだよ!」
 桜色の訪問着には、七宝の上品な柄が施される。艶のある黒髪を低く結い上げた束髪には、控えめな小粒真珠の玉簪が差してあった。
 薫子は小さな歩幅で玄関へと入る。手には和紙に包まれた小さな箱を持っていた。
「おひさしぶりでございます。将臣様」
 にこりと微笑むと、吸い込まれるような綺麗な三日月の目になる。控えめな化粧が、その美貌を引き立てていた。
「薫子さん……驚きました。今日はどうされましたか」
 呆然と将臣が尋ねる。
「戦地から無事にお戻りになったとお聞きして。お顔を拝見しようと思いまして」
 再び、柔らかな三日月の目になった。
「それは、わざわざありがとうございます。中へお入りください」
 将臣は招き入れた。
「では、失礼致します」
 音を立てずに一定の歩幅で歩く廊下。常に背筋がピンと伸びている。
 凪は、脱がれた草履を揃えようと手を伸ばし──ふっと指を止めた。
 漆塗りの台に、上質な絹の鼻緒。
(す、すごい……本物のお嬢様だ……)
 凪は思わず手を引っ込めてしまった。
 玄関先で晴臣はこそっと凪に耳打ちする。
「薫子さんは、兄上のかつての許嫁候補だよ」
「許嫁……候補⁉︎」
 凪は固まり、二人の後ろ姿を見つめた。
 晴臣は、そんな凪を横目で見て、口の端をわずかに上げる。
「あの二人、お似合いだな」
 凪の泣き顔や悔しがる顔を期待して、晴臣は声を出さずに笑った。
(これくらいの仕返し、可愛いもんだろう)
 けれど──凪は何も言わなかった。
 怒るでも、取り乱すでもなく、ただ静かにその場を離れていく。
 その背中を見送りながら、晴臣は初めて眉を寄せた。

(……なんだよ。悔しがれよ。なんで、そんな顔なんだよ)








 
< 50 / 79 >

この作品をシェア

pagetop