軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜



「宇治のお茶をお持ちしました。将臣様はお疲れでしょうから」
 薫子は白い和紙に包まれた桐箱を静かに差し出す。将臣はそれを受け取った。
 凪がお茶を出すと、薫子は「お気遣いありがとうございます」と丁寧に礼を言う。しかし、すぐに将臣へと視線を戻す。
「あの時の炊き出しでは、皆、温かい食べ物に泣いて喜んでいましたね」
「戦地では硬くて冷たい兵糧ばかりですから。唯一の癒しでしたよ」
 将臣も澱みなく会話を続ける。
 しかし、将臣は部屋から出ようとした凪を呼び止め、一緒に座るよう促した。
「薫子さんは、愛国婦人会の慰問団の一員だったんだ。戦地の軍施設まで訪れてくれてな」
 将臣が軽く紹介すると、薫子は再び丁寧に頭を下げた。
 そして、数秒だけ凪に視線を送ると、すぐに将臣へと顔を返した。
「そうそう、傷病兵に手紙を朗読した時も、泣かれて大変でしたわ」
「隊員にとって家族からの手紙は一番、支えになりますから」
 凪にはわからない、将臣と薫子の共通の話題で盛り上がる。
(私の知らない思い出話……きちんと聞いてあげないと)
 だが、聞き入ろうとすればするほど、凪の視線は床に落ちていった。

 それに気がついた将臣は、一度、咳払いをした。
「薫子さん。舶来物の菓子があるんです。今、お持ちします」
 将臣は自然に薫子との話を切り上げ、一旦、席を離れた。
 
 部屋に凪と薫子だけになった。
 庭では赤とんぼが飛んでいた。その羽音が響くほど、無音が流れる。
(何を話したらいいのか、わからない……)
 薫子の圧倒的な存在感に気圧された凪は、会話をつなげない。
 しかし、突然、薫子がにこりと笑った。
「凪さん、緊張なさらないで。私は敵ではありません。凪さんがお幸せなら、それでいいのです」
「あ、ありがとうございます……」
 凪は頭を軽く下げてから、ほっと安堵する。
「確か、将臣様とはお兄様とのご縁でご結婚するとお聞きしました」
「はい。同じ隊で働いていました」
 薫子が、子どもに言い聞かせるような笑みを作る。
「将臣様はお優しいですわ。でも……それに甘えていけないと思いますの」
「はい。しっかりとお支えする覚悟です」
 凪は恥ずかしさを押し殺し、はっきりと答えた。
 しかし、その言葉で薫子の眉が一瞬だけぴくっと跳ね上がった。
「凪さんはお幸せそうね……でも、将臣様の未来までお考えにならないのね」
 凪は返事ができずに、首を傾げる。
「軍の上層部へは、実力だけでは駆け上れませんのよ。妻の後押しも必要なのです」
「後押し……それは……どういう意味でしょうか」
 飲み込めない凪は、言葉に詰まる。
「私なら、愛する人の未来を狭めたくありません。身の程を知っておりますから」
 凪の瞳が不安で揺れた。
 決して面と向かって怒鳴るわけではない。けれど薫子の言葉は、刃のように凪の胸を確実に抉っていた。
(身の程って……なんのこと……?)
 凪は着物の胸元を強く握りしめる。
(なぜ……こんなに胸が苦しいの……?)





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