軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜
14話 触れられないぬくもり



 翌朝、着替えを済ませた将臣は炊事場を覗いた。
 いつもなら湯気の向こうで凪が鍋をかき混ぜているはずなのに、今日はガランと静まり返っていた。
「……凪?」
 急いで部屋へと向かう。襖に手をかけるが一瞬ためらい、先に声をかけた。
「起きているのか? 体調でも悪いのか」
 耳を澄ませ、返事を待つ。
「……すみません。寝坊してしまいました」
 奥から凪の声が聞こえ、将臣は安堵するように小さく息を吐いた。
「祝宴の疲れが出たのだろう。今日はゆっくりしていなさい」
(初めてのことだったからな。緊張もしたのだろう)
「……ありがとうございます」
「では、仕事に行ってくる」
「……行ってらっしゃいませ」
 凪の声は、戸外の喧騒にかき消されそうなほど弱々しかった。
 
 炊事場の前を通る際、将臣は棚の薬箱に目をやった。
(せっかく凪が作ってくれたのだ。塗っていくか)
 木箱から軟膏を取り出し、蓋を開ける。表面が、ひと匙掬ったように綺麗に抉れていた。
(……使ったのか?)
 誰が使ったのか気にする風もなく、将臣は軟膏を指先に取った。
(なめらかに伸びて、使いやすい……ありがたいな)
 蓋を丁寧に閉め、大切に箱へと戻した。

 玄関の戸が閉まる音が響き、凪はようやく布団から顔を出した。
 力なく鏡台を覗き込む。
「目……腫れちゃってる……」
 そっと自分の瞼を撫でた。
(昨日は眠れなかった……。こんな顔、将臣様に見せたくない)
 しばらく鏡台の前で動けない。しかし、ふっと顔を上げた。
「……仕事を、しないとね」
 立ち上がり、布団を押し入れに片付ける。その布団をじっと見つめた。
(部屋が別々なのも……お互いに触れることがないのも……そういうこと、なのかな……)
 凪は唇をギュッと噛み締め、力なく襖を閉めた。






 













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