軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜
将臣は軍病院へ運ばれた。
処置を終えた二ノ宮から、二人は説明を受けた。
「血は出ていましたが、ベルトに当たってごく浅い傷で済んでました。内臓にも損傷はありませんし、縫合して出血も止まりました」
「……よかった」
晴臣が長く息を吐いた。
「安藤軍医もお疲れなのでしょう。少し休まれたらよろしいかと思います」
二ノ宮は伸びた前髪の隙間から、凪と晴臣を優しく見ていた。
凪は安堵の表情を浮かべ、丁寧に頭を下げた。
将臣は微動だにせずにベッドで眠っている。
凪はベッド横の椅子へ腰をかけた。そして、将臣の顔をじっと見つめた。
(私などの盾に……)
あの時の情景が蘇る。
凪は硬く唇を噛んだ。涙がじわっと滲んだ。
そして、あの時に抱いた違和感を思い出す。
「将臣様……なぜあの時、手を広げたのかしら」
「凪さんを助けるためだろう」
晴臣は静かに呟く。
「でも、防御も反撃もしないで……まるで……」
晴臣も、はっとして顔を上げた。
「まるで……刺されに行っているみたいだった」
途端に、晴臣が落ち着かなくなる。
「何故、なんで避けなかったんだよっ、兄上!」
泣き出しそうになった晴臣は、思わず寝ている将臣へ手を伸ばしそうになる。
「ダメよっ。今は安静にさせないと」
凪はさっと立ち上がり、その腕を止めた。
晴臣が悔しそうに、唇を震わせた。
すると、眠っている将臣の眉間に、苦しげな皺が寄った。夢を見ているのか、唇がかすかに動いた。
「……すま……ない……助け……なくて……」
その言葉を聞いた晴臣と凪は、力なく視線を合わせた。
晴臣は目に涙を浮かべる。
「兄上……悪夢に苦しんでいる……」
凪は冷えた指先をきゅっと握った。
「……私が、できること……」
凪は胸に手を置いた。
(でも……怖い!)
だが、将臣の苦しむ顔を見ていると、恐怖がすうっと消えてゆく。
(少しでも、この人のために役に立ちたい)
凪はきりっと顔を上げた。
意を決し、そっと将臣の胸に温かな掌を重ねる。
(お願い……将臣様の傷を、痛みを教えて……!)
集中した瞬間、凪の意識がすうっと将臣の深い精神の闇へと引き込まれていく──。
──目の前には、倒れるたくさんの軍人たち。
その前で、将臣は呆然と立ち尽くしていた。その顔は青白く、生気を失っている。
傷ついた兵士が「軍医……」と手を伸ばす。
将臣は必死に、その手を掴もうともがくが、届かない。
「仲間を……助けることが……できなかった」
震える自分の手のひらを見つける。
「何も……してあげられなかったっっ!!」
「うおおっっ!!」
頭をかきむしるように抱え、黒い闇に飲まれていく。
「もう二度とっ、目の前の命を失わせない!!」
そこには、野生動物のような将臣の咆哮だけが、暗闇に響き渡っていた──
息を詰めたままだった凪は、眉を寄せて我に返った。はぁはぁと肩で息を吸い始める。
「凪さん? どうしたんだよ」
「将臣様は……今も……苦しんでおられる」
晴臣は眉を寄せる。
「何を……見たんだ?」
「戦地で、仲間を助けられなかったことを──」
凪の言葉が掠れる。
晴臣が言葉を繋ぐ。
「兄上は……そのことを、ずっと抱えていたのか?」
凪は小さく何度も頷く。
(あれは、私を守っただけじゃないんだ。将臣様は、ずっと自分を罰し続けて、報いろうとしていたんだ!)
凪の目からポロポロと涙が流れ落ちる。
「きっと……誰にも言えずに、お一人で抱え込んでいらっしゃった……」
「──ああっ……」
晴臣が腰に手を当て、悔しそうに顔を歪めた。そして、凪に背を向けた。
「俺、何も知らないでっ、兄上に最低なことばかり──っ!」
その後ろ姿は、彼の涙を隠していた。
凪は鼻を啜り、ごくんと息を飲んだ。
「晴臣さん……行こう」
呟き声なのに、そこには決意があった。
「……どこにだよ」
涙声の晴臣は、顔だけ振り向いた。
凪は真っすぐ前を見据えていた。
「将臣様の心を、救いに」
それを聞いた晴臣の目が、大きく見開かれた。