軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜
「柔道の指導者には、警察関係が多いんだ」
二人は警察署へとやってきていた。
「でも、会わせてもらえるかは、わからないけど」
「わかっている」
部屋から大柄な警察官が出てきた。そのまま晴臣へと向かってきた。
「安藤。大変だったな。少しだけなら話ができるようだ。特別だからな」
晴臣の耳元で囁いた。
キィーと鉄の重たい扉が開いた。
両脇を警察官に囲まれた、将臣を襲ったあの男が項垂れて座っていた。
二人は机を挟んで椅子へと座った。
対峙しても、男は決して顔を上げなかった。
「先ほど、警察の方から事情はお聞きしました」
男はまるで魂を抜かれたように、動かない。
「あなたがやったこと、私は絶対に許せません」
凪が切り出すと、男は少しだけ無表情の顔を上げる。
「たとえ、どんな事情があったとしても」
男は、光のない目をふいっと逸らした。
「反省しているのかよっ!! お前は人を刺したんだぞっ!!」
大声を出して晴臣が勢いよく立ち上がる。
すぐに凪が腕を掴んで、頭を横に振った。息の乱れている晴臣は、奥歯を噛んで、どすんと椅子へと戻った。
凪は視線を戻した。
「でも……私はあなたの気持ちもわかるんです」
「……は?」
ようやく男の口から出た言葉は、馬鹿にするような軽さがあった。
「私も戦争で兄を亡くしました。だから、大事な人を奪われた気持ち、知っています」
明らかに男の瞳が揺れ動く。
「本当に恨んでいるのは……軍医、ではないですよね?」
男の目が鈍く光った。
「あいつが助けていればっ、俺の兄は死なずに済んだんだっ! あんなに腕の立つ家具職人を見殺しにしやがったっ!!」
はぁはぁと男の息が上がる。
「いくら医者でも、全員を助けることなんてできるわけないだろう⁈ 軍医を恨むなんて、お門違いだっ!!」
晴臣が、声を震わせる。
(そう……好んで見捨てたのではないのよ……)
結菓子を手に持ち、頭を撫でてくれた兄の姿が、凪の中に浮んだ。
(だから、軍医は心に傷を負ったまま生きている)
そっと顔を上げた。
「軍医は、今も苦しんでいます。助けてあげられなかった仲間を思い出して」
男は顔を歪ませ、勢いよく背けた。
「あなたが復讐したいのは、お兄様を守りきれなかった──ご自身ですよね?」
男の頭が徐々に項垂れる。一文字に結ばれた口がかすかに震えている。
(傷を読まなくてもわかる。だって私も、兄の麒麟堂を守りきれなかったから……)
凪の目から、ポロリと涙が流れる。
「もっと自分がしっかりしていればと……何度も後悔しました。でも」
凪はしっかりと男の目を見た。
「きっとお兄様は、復讐など望んでいませんっ。前を向いて、自分の手で、足で生きてほしいと、思っていらっしゃると思います」
「くっ……っ」
完全に俯いた男の顔から、ポタポタと涙が落ちて、ズボンに染みを作っていた。
「だから、頑張って生きましょう……お兄様に安心してもらえるように」
晴臣が小さく嗚咽を漏らし、口を押さえた。その瞳には、こぼれ落ちそうな涙が溜まっていた。
(これは自戒)
凪は震えるまつ毛を伏せた。
部屋の空気が少しだけ、和らいだ気がした。