軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜
「凪さん!! 兄上が帰ってきました!!」
肩に大きな革鞄を抱えた晴臣が、玄関扉を勢いよく開く。
その前には、すでに凪が立っていた。
晴臣の後ろには、顔に傷を持つ美しい男が立っている。
(大丈夫。お変わりはない)
凪は込み上げる涙を、息を止めて我慢した。一度ごくんと飲み込んでから、口を開く。
「将臣様……お帰りなさい」
将臣がゆっくりと歩みを進める。
「凪、ただいま」
それ以上、言葉は交わさなかった。視線で語り合うように、ただただじっと見つめ合っていた。
「将臣様。まだ本調子ではありませんから、休んでください」
凪は部屋へと案内して、すっと掛け布団をめくった。
その仕草に、将臣は軽く笑う。
「もう痛まない。少しずつ動かないと、仕事復帰も遠ざかるだろう」
そう言いつつも、歩き方は傷に響かぬよう慎重だった。
凪は不満そうに頬を膨らませる。
(こういう顔もするのだな)
将臣はつい声が漏れそうになる。
「心配なんです。今日くらいは、お世話させてください!」
将臣の後ろに回り、背中を押した。
「ありがとう。では、少しだけ横になる」
「はい。今から軽いお食事をお持ちしますね」
将臣が土鍋の蓋を開けると、白い湯気がふわりと立った。鶏の旨みが溶け込んだ粥に、小さく刻んだ生姜となつめが優しく香る。
「これは……なんの粥だ?」
香りを嗅ぎながら、将臣は早速、匙で掬っていた。
「滋養粥です。生姜は身体を温めて、気血の巡りを良くします。鶏は傷を負った身体を養う食材なんです」
凪は饒舌に効能を語る。
「旨い……」
目を丸くして、凪を見る。
「傷の治りが少しでも早くなるようにと。食事もお薬のようなものですから」
「こんな嫁をもらえて、私は幸せだな」
「ありがとうございます」
凪は素直にその言葉が嬉しく、頬を綻ばせた。
将臣は食事の後に、横になろうと布団に入った。
「その前に、傷の消毒もしましょう」
凪が救急箱を両手で運んできた。
「……自分でできる。これでも医者だぞ」
将臣が呆れる。
しかし、凪はその手を止めない。
「人への処置は慣れているでしょうが、ご自身の傷は見づらいものです」
「まあ、そうか……凪はこんなにお喋り上手だったか」
将臣と凪の目が合った。
「そう、でしたよ?」
二人で肩を小さく揺らして笑った。
ピンセットでつまんだ脱脂綿で、凪が傷口をポンポンと優しく撫でていく。
「……っ」
時折、痛みで将臣は顔を歪ませる。しかし、すぐに何事もなかったかのように平常を装った。
凪はふっと吹き出す。
「痛いなら、遠慮せずにおっしゃってくださいな」
「別にっ、平気だ」
少しだけぶっきらぼうに言う将臣に、凪はゆっくりと言う。
「ここにいるときくらい……素直になってください」
(ここでは……素直に……)
将臣は一瞬だけ俯き、呟いた。
「もう、一人で抱えなくてもいいのか……」
凪の手が止まり、将臣を見つめた。
将臣は自然な笑みを浮かべた。そして、愛おしそうに少し躊躇しながら凪の手をとり、指先のアカギレへ親指でそっと触れた。
「以前より、良くなったな。よかった」
(あ……私の変化に気がついてくれた)
凪の目にじわっと涙が滲んだ。
「凪、私を生かしてくれて、感謝している」
将臣は握る手に、もう片方の手も重ねた。
温かな手に包まれて、凪の心がじわっと緩んでいく。
「将臣様……私は当たり前のことをしただけです」
「お前がいてくれて……よかった」
凪はその言葉が嬉しくてたまらない。今にも泣き出しそうになるのを、唇を噛み締めて我慢した。