禁死篇 ~成人前に亡くなったけど、異世界で元気にがんばってます。
船争い ①
船から見渡す湖岸には、さまざまな花が咲き乱れていた。匂いは梅のように香しく、姿は桃に似たピンク色の花をつけた木と、木蓮に似た白い大きな花をつけた木が湖岸をぐるりと囲むように群生している。
サイラスは「一目千本」という言葉を思い出した。見渡すかぎりに花が咲いて、一目で千本の花々を見るという表現だ。
木々の下には、丈の高い金色の花が鈴なりに咲き、パンジーのような三色の花と、六角形の不思議なカタチの赤い花が咲き競っている。
春爛漫というに相応しい美しさで、のどかな景色である。それだけでなく、湖面には蓮の花によく似た大輪の花まで浮かんでいた。
「わぁ、……これは蓮?」
サイラスは船から身を乗り出すようにして、湖面を眺める。
「おい、サイラス。船から落ちるなよ? いい笑いものになるからな!」
ユウキは身を乗り出していたサイラスを注意してから、
「…これはどう見てもハスだよなぁ? だけど、蓮は初夏の花じゃなかったか? それに蓮にしてはサイズが大きくないか? 似てるけど別の花だろ」
と応じる。
水面に浮かんでいる花は直径が五十センチ以上もある。蓮だとしたら、お化けサイズだ。ユウキが言うとおりに、似ているけれど違う花なんだろう。
「異世界って、ちょっとずつズレてる世界だね」
「私は赤ん坊からやり直しているから、それほどズレを感じないかな? サイラス、お前はこちらに順応するのが大変なのか?」
周囲にオリバーたちがいない時は、ユウキと僕はかなり砕けた会話をしている。最初こそは目上に対する態度で接していたが、結局ユウキは僕なわけだし、取り繕うのがバカバカしくなってきた。
「う~ん? サイラスの記憶があるから、こっちの常識は頭に入ってるはずなんだけど。しょっちゅうズレを感じているな~」
「早く慣れるしかない。『郷に入っては郷に従え』だぞ!」
早くこちらの世界に慣れろと言いながら、ユウキは日本のことわざを引っぱり出してくる。サイラスは思わず苦笑した。
「ユウキにアドバイスを受けたとおり、錫杖の鍛錬だけは毎日やってるよ! まだお母さんもさやかも全然出現しないけど……」
百本ノックならぬ、カッカラの「百回素振り」をユウキに命じられている。この異世界では霊力があるとかなり有利らしい。しかし、健康上の理由から、霊力があってもそれを伸ばすための訓練は大人になるまで禁止されている。
小さな子供の体には負担が大きいためだ。今年成人を迎えたサイラスは、霊力を伸ばすための鍛錬を始める年になった。霊力を底上げするには、成人式で授与されたカッカラ(錫杖)のパワーアップが必須らしい。
「霊力を上げるには、錫杖術の腕を上げるのが近道だ! 霊力が上がると、どんどん遊環が増えるぞ。…ゲームのアイテムが増える感じかな?」
ユウキが錫杖術の大切さを力説する。
「カッカラは常に持ち歩いて、いつでも抜けるようにしておけよ!」
「え、なんかサムライの刀みたい…?」
オリバーがカクテルグラスを三つ、小さなトレーに載せてやってくる。
「叔父上、サイラス、飲み物をもらってきましたよ!」
「ありがとう」
ユウキとサイラスは受け取って礼を言う。
「お世継ぎ様のオリバーに、飲み物を運ばせるのは申し訳ないな」
「あちらで給仕の女性が配ってくれていましたけど、まとめて持ってきたら面倒がないと思って…」
オリバーは誰に対しても気さくで親切だ。
「舟遊びは初めてですが、すごく混んでいるんですね!」
「出航前はずいぶん大きな湖だと思ったけど、船が多いから思ったよりも狭く感じるね」
オリバーとサイラスはユウキに向かって感想を述べる。オリバーの方が敬語を使っているのが面白い。
湖にはかなりの数の花見船が浮かんでいて、お互いぶつからないように気をつけながら、ゆっくりと動いている。
(…平安貴族の舟遊びみたいで、何だか雅な雰囲気だなぁ)
湖面に浮かぶ船を眺めながら、サイラスは平和な感想を持った。
そのうち花見に適した景色を見つけ、各々の船が錨を下ろし音楽や食事に興じるのだ。
「オリバー、コレおいしいよ!」
サイラスは給仕係からピンチョスの載った小皿を受け取って、カクテルを啜る。
オリバーもサイラスも成人しているが、あまりお酒を飲む機会が多くない。しかしこのカクテルは、ほんのり甘い果実酒がベースで、アルコールに慣れていないふたりにも飲みやすかった。
大きなテーブルに載せられた大きな鉄板の上で、大柄なシェフが肉を焼き始める。何の肉なのかサイラスには見当もつかないが、大きなブロックごと豪快に焼いている。
「わぁ~~!」
「おいしそう!」
肉の焼ける香ばしい匂いと、ジュージューいう音に、周囲から思わず歓声があがる。こういうのは異世界でも一緒だ。
シェフが目の前で調理をすること自体が、楽しいショーになっているのだと思う。日本でたまに見掛けたマグロの解体ショーのようなものだ。
大きな肉のブロックを器用に回しながら焼きあげると、長い肉切り包丁でシェフが丁寧に切り分けていく。手際が良く、見ていて楽しい。目の前でつけ合わせの野菜も焼かれ、おいしそうなグレイビーソースと一緒に皿に盛られていく。
ふと横を見ると、ユウキはシンプルに塩と薄緑色の何某かをつけて肉を食べている。ツンと鼻にくる独特の匂い。あれ? この薄緑色の物体は…。
「……もしかして、ワサビ?」
サイラスは思わずユウキに訊いた。ユウキはニコニコしながら応える。
「これもクリスティ家が品種改良したものだ、したがって命名権は…」
(イヤ、それ絶対「ワサビ」だろ? ワサビ以外の名前をつけるなよ、面倒くさいから!)
「叔父上、僕もワサビでお肉を食べたいっ!」
サイラスはユウキ叔父に断固要求する。
「…ワサビという名前にするか、まだ検討中だぞ?」
「いや、ワサビでいいと思います」
「命名権はクリスティ家にあるんだよ?」
「叔父上、僕にもその『ワサビ』っていうやつをお願いします」
オリバーまで口を出してくる。ユウキは口をとがらせて反論する。
「いや、だからまだワサビとは決めてないぞ?」
サイラスたちがワサビの命名で揉めている最中に、近くに浮かんでいる二隻の船が何やらおかしな動きを始めた。船上で男たちが大声を上げて、互いに牽制し合っているようだ。
いったい何を騒いでいるんだろう?
「……もしかして、ケンカですか?」
オリバーが驚いたように言う。
「船同士のケンカなんてあるの?」
サイラスはユウキに訊く。
「おい、除け除け!」という怒鳴り声と、「危険ですので! おやめください!」という声が行き交っている。
どうやら景色の良い場所で停泊した船を、後から来た船が追い払おうとしているように見える。おそらく場所の取り合いだろう。
「始まったな! あれは貴族が商人の船をどかして、場所を奪おうとしているんだろう」
ユウキは腕を組んで見物している。
サイラスは「一目千本」という言葉を思い出した。見渡すかぎりに花が咲いて、一目で千本の花々を見るという表現だ。
木々の下には、丈の高い金色の花が鈴なりに咲き、パンジーのような三色の花と、六角形の不思議なカタチの赤い花が咲き競っている。
春爛漫というに相応しい美しさで、のどかな景色である。それだけでなく、湖面には蓮の花によく似た大輪の花まで浮かんでいた。
「わぁ、……これは蓮?」
サイラスは船から身を乗り出すようにして、湖面を眺める。
「おい、サイラス。船から落ちるなよ? いい笑いものになるからな!」
ユウキは身を乗り出していたサイラスを注意してから、
「…これはどう見てもハスだよなぁ? だけど、蓮は初夏の花じゃなかったか? それに蓮にしてはサイズが大きくないか? 似てるけど別の花だろ」
と応じる。
水面に浮かんでいる花は直径が五十センチ以上もある。蓮だとしたら、お化けサイズだ。ユウキが言うとおりに、似ているけれど違う花なんだろう。
「異世界って、ちょっとずつズレてる世界だね」
「私は赤ん坊からやり直しているから、それほどズレを感じないかな? サイラス、お前はこちらに順応するのが大変なのか?」
周囲にオリバーたちがいない時は、ユウキと僕はかなり砕けた会話をしている。最初こそは目上に対する態度で接していたが、結局ユウキは僕なわけだし、取り繕うのがバカバカしくなってきた。
「う~ん? サイラスの記憶があるから、こっちの常識は頭に入ってるはずなんだけど。しょっちゅうズレを感じているな~」
「早く慣れるしかない。『郷に入っては郷に従え』だぞ!」
早くこちらの世界に慣れろと言いながら、ユウキは日本のことわざを引っぱり出してくる。サイラスは思わず苦笑した。
「ユウキにアドバイスを受けたとおり、錫杖の鍛錬だけは毎日やってるよ! まだお母さんもさやかも全然出現しないけど……」
百本ノックならぬ、カッカラの「百回素振り」をユウキに命じられている。この異世界では霊力があるとかなり有利らしい。しかし、健康上の理由から、霊力があってもそれを伸ばすための訓練は大人になるまで禁止されている。
小さな子供の体には負担が大きいためだ。今年成人を迎えたサイラスは、霊力を伸ばすための鍛錬を始める年になった。霊力を底上げするには、成人式で授与されたカッカラ(錫杖)のパワーアップが必須らしい。
「霊力を上げるには、錫杖術の腕を上げるのが近道だ! 霊力が上がると、どんどん遊環が増えるぞ。…ゲームのアイテムが増える感じかな?」
ユウキが錫杖術の大切さを力説する。
「カッカラは常に持ち歩いて、いつでも抜けるようにしておけよ!」
「え、なんかサムライの刀みたい…?」
オリバーがカクテルグラスを三つ、小さなトレーに載せてやってくる。
「叔父上、サイラス、飲み物をもらってきましたよ!」
「ありがとう」
ユウキとサイラスは受け取って礼を言う。
「お世継ぎ様のオリバーに、飲み物を運ばせるのは申し訳ないな」
「あちらで給仕の女性が配ってくれていましたけど、まとめて持ってきたら面倒がないと思って…」
オリバーは誰に対しても気さくで親切だ。
「舟遊びは初めてですが、すごく混んでいるんですね!」
「出航前はずいぶん大きな湖だと思ったけど、船が多いから思ったよりも狭く感じるね」
オリバーとサイラスはユウキに向かって感想を述べる。オリバーの方が敬語を使っているのが面白い。
湖にはかなりの数の花見船が浮かんでいて、お互いぶつからないように気をつけながら、ゆっくりと動いている。
(…平安貴族の舟遊びみたいで、何だか雅な雰囲気だなぁ)
湖面に浮かぶ船を眺めながら、サイラスは平和な感想を持った。
そのうち花見に適した景色を見つけ、各々の船が錨を下ろし音楽や食事に興じるのだ。
「オリバー、コレおいしいよ!」
サイラスは給仕係からピンチョスの載った小皿を受け取って、カクテルを啜る。
オリバーもサイラスも成人しているが、あまりお酒を飲む機会が多くない。しかしこのカクテルは、ほんのり甘い果実酒がベースで、アルコールに慣れていないふたりにも飲みやすかった。
大きなテーブルに載せられた大きな鉄板の上で、大柄なシェフが肉を焼き始める。何の肉なのかサイラスには見当もつかないが、大きなブロックごと豪快に焼いている。
「わぁ~~!」
「おいしそう!」
肉の焼ける香ばしい匂いと、ジュージューいう音に、周囲から思わず歓声があがる。こういうのは異世界でも一緒だ。
シェフが目の前で調理をすること自体が、楽しいショーになっているのだと思う。日本でたまに見掛けたマグロの解体ショーのようなものだ。
大きな肉のブロックを器用に回しながら焼きあげると、長い肉切り包丁でシェフが丁寧に切り分けていく。手際が良く、見ていて楽しい。目の前でつけ合わせの野菜も焼かれ、おいしそうなグレイビーソースと一緒に皿に盛られていく。
ふと横を見ると、ユウキはシンプルに塩と薄緑色の何某かをつけて肉を食べている。ツンと鼻にくる独特の匂い。あれ? この薄緑色の物体は…。
「……もしかして、ワサビ?」
サイラスは思わずユウキに訊いた。ユウキはニコニコしながら応える。
「これもクリスティ家が品種改良したものだ、したがって命名権は…」
(イヤ、それ絶対「ワサビ」だろ? ワサビ以外の名前をつけるなよ、面倒くさいから!)
「叔父上、僕もワサビでお肉を食べたいっ!」
サイラスはユウキ叔父に断固要求する。
「…ワサビという名前にするか、まだ検討中だぞ?」
「いや、ワサビでいいと思います」
「命名権はクリスティ家にあるんだよ?」
「叔父上、僕にもその『ワサビ』っていうやつをお願いします」
オリバーまで口を出してくる。ユウキは口をとがらせて反論する。
「いや、だからまだワサビとは決めてないぞ?」
サイラスたちがワサビの命名で揉めている最中に、近くに浮かんでいる二隻の船が何やらおかしな動きを始めた。船上で男たちが大声を上げて、互いに牽制し合っているようだ。
いったい何を騒いでいるんだろう?
「……もしかして、ケンカですか?」
オリバーが驚いたように言う。
「船同士のケンカなんてあるの?」
サイラスはユウキに訊く。
「おい、除け除け!」という怒鳴り声と、「危険ですので! おやめください!」という声が行き交っている。
どうやら景色の良い場所で停泊した船を、後から来た船が追い払おうとしているように見える。おそらく場所の取り合いだろう。
「始まったな! あれは貴族が商人の船をどかして、場所を奪おうとしているんだろう」
ユウキは腕を組んで見物している。