禁死篇 ~成人前に亡くなったけど、異世界で元気にがんばってます。
タママの失敗
周囲がシーンとなって、タママは自分が「失敗した」ことに気がついた。サイラスがちょっと困った顔をして、心配そうにタママを見ている。
(…馬鹿だ、僕は)
自分の父親のことならよく知っているのに、どうしてこの男の人が「お父さん」だなんて思ったんだろう? タママは冷や汗が流れるのを感じた。お貴族様相手に「お父さん」呼ばわりはマズすぎる…。
「こちらはユウキ叔父上だよ。それから、こっちが兄のオリバー」
サイラスが取りなすように、ユウキとオリバーをタママに紹介する。
「なんだぁ? ずいぶん大きくなったと思ったのに、体重は赤ん坊の頃と変わらないんじゃないか? タママ、もっとたくさん食べて大きくなれよ!」
ユウキがタママを抱きかかえて、天井に向けて高く上げる。赤ちゃんを「高い高い」するみたいなポーズだ。僕のコト、怒っていないみたいだ。タママの身体からホッと力が抜けていく。
(容姿は全然似ていないけど、この人の笑い方はサイラスさまにそっくりだ!)
抱き上げられたまま、タママはユウキの顔をじっと観察する。ユウキもタママをまっすぐに見返す。
「…ユウキさま。サイラスさまのおじさまなんですか?」
「ああ、そうだ。私はアトス寺院で文官をしていたから、タママが赤ちゃんの頃に会ったことがあるんだ。残念ながら本当の父親ではないけどね!」
「……僕の『本当のお父さん』っていうのは、僕の想像のお父さんなんです。本当はいないから大丈夫です」
タママは顔を真っ赤にして答える。こんな立派なお貴族様が僕のお父さんのはずがないのに、おかしなことを言ってごめんなさい。…床に手をついて謝った方がいいかな? タママはもじもじする。
想像のお父さんのことはうまく説明できない。自分だってよくわからないのだから。いつの頃からか「こんなお父さんがいたらいいな~」と、タママの頭の中で繰り返し考えた幻の存在なのだ…。
血の繋がった本当の両親なら、タママはイヤというほどよく知っている。赤ん坊のタママをポイッと捨てておきながら、ときどき孤児院にお金を借りに来ていたから。
タママの両親は小柄で地味な外見をしている。しかし外見とは裏腹に、驚くほどふてぶてしい夫婦だった。貧しさが彼らをそういう人間に変えたのか、それとも生まれつきお金に汚い人間なのか…。
「今月はカネの巡りが悪くてね。少しでいいんで融通してもらえねぇですか?」
タママの父親は口がよく回る男で、母親は反対にむっつりと無口な女だ。ふたりとも清潔とは言い難い薄汚れた服装をして、肌も不健康そうな色をしている。酒の飲みすぎか何かで、ふたりとも体を壊しているのではないか。
「何を勘違いしているか知らないが、アトス寺院は金貸しではない! お金が必要なら質屋でも金貸しでも行っておくれ!」
主事は苦々しげに答える。自分の子供を捨てた孤児院に金を借りに来るとは、この男はどういうつもりだろう?
「うちはタママ以外にもガキが五人もいるもんで、食っていくだけでも大変なんでさぁ。主事さま、お慈悲をお示しくだせぇ。アトス寺院なら、予算からちっとくらい出せるでしょう?」
まるでアトス寺院がカネを融通するのが当然といわんばかりの口ぶりだ。
「自分の子供を捨てておきながら、孤児院にお金を無心するとは! あなたたちはどういう了見なんですか!」
さすがに主事が怒って、相手の要求を突っぱねる。
するとタママの父親はニヤニヤ笑いながら言った。
「だから、うちの坊主を一年ほど預かりますよ。孤児を引き取ると『お支度金』ってやつが貰えるんでしょ? 寺院にゃ迷惑かけねぇで、こっちにゃカネが入るんだ。世の中ぁ、上手くできてんなぁ!」
お支度金というのは、子供を引き取るときに(養い親に対して)養育費として用意されるお金だ。ミニヨンが支給する福祉費である。
主事は呆れて口をパクパクさせた。自分の子を「一年預かる」から、金をよこせというのか? お支度金は子供のためにミニヨンから支給されるものだぞ! 何を考えているんだ! こんな無茶な人間がいるのか? こいつ、頭はまともなんだろうか?
主事は自分の隣でちょこんと座っているタママを見やる。実の両親が子供を「引き取る」と申し出ている以上、強硬に断るわけにもいかない。しかし、タママの親はあからさまにお支度金目当てだから、タママがどういう扱いを受けるのか心配だ。
(タママがどんな仕打ちを受けるか知れたものじゃない。…どうしたらいい? こんな時にユウキさまだったら……)
この問題を自分ひとりで抱え込むには無理がある。タママのことを誰かに相談したい。自分を助けてくれそうな人間など、ひとりしか知らなかった。主事はアウソニアにいるユウキに宛てて手紙を書くことにした。
ミニヨンのお支度金制度は、一度きりの使い切り制度ではない。孤児を引き取っても、いざ一緒に暮らしてみると「家族と相性が合わない」などの理由で出戻りになる子供もいる。一度しか使えない制度だと、お支度金のつかない子供に不利益が生まれるのだ。
「孤児を守るためなら、多少は我慢して目を瞑るが…それにしてもひどい…」
タママの両親はお支度金の申請をもう何度も繰り返している。数ケ月タママを手元に引き取っては、再び孤児院に捨てる。子供を守る善意の制度を利用して、タママの両親はミニヨンからカネを吸い上げていた。主事は悔しく思いながらも、タママを最優先に考えて耐えている。
タママの母親は小さな赤ん坊を背負ったまま孤児院にやってきた。ガリガリに痩せた赤ん坊を見て、主事が無心を断れないことを本能的に知っている。
(ユウキさま、あの夫婦はわざと子供を連れてお金の無心にくるんです。薄汚れて、殴られた痕のある子供を…。自分の子供を人質にして、こちらにお金を要求します。あの母親はまともに赤ん坊にミルクを飲ませているんでしょうか? 先日連れていた子供も、ひどく痩せこけていました。とても見ていられません……)
主事はすっかり頭を抱え、ユウキに送る相談の手紙はどんどん増えていく。
(信じられない愚行です。自分の子供を殴る両親などわたくしは許せない! そんな親がこの世の中にいるなどと、わたくしは信じたくありません。ユウキさま、親とは愛情深いものではないのですか? 親とは慈悲深いものでしょう? どうぞ教えてくださいませ!)
主事は手紙を認めながら「なんという愚行でしょうか! 恥知らず! 恥知らず!」と泣きながら怒っていた。怒りのあまり、心の叫びが口から飛び出してしまっていた。タママは怒り狂う主事の姿を見ながら、「愚行」という新しい単語を覚えた。
(……僕の両親は『恥知らず』なんだ…)
だけど正真正銘、あいつが僕の父親だ。ガッカリ…どころの話ではない。父親のことを考えると、タママは恥ずかしくて死んでしまいたくなる。
(最悪だよ。僕の親たちは…)
ノラの給仕で、タママはドイル家の人びとと食事をした。マナーはかなり怪しかったけれど、隣に座っているサイラスやユウキがさりげなくマナーを教えてくれる。
ノラの作るドイル家の食事は、孤児院のものよりもずっとおいしい。温かい料理を好きなだけおかわりできるというだけで、タママには衝撃的だった。
サイラスの兄上オリバーもニコニコしていて優しい。キラキラの金髪が美しい人だ。ミッチがオリバーの噂話をしていたので「オリバーさまの土産話を喜ぶかな?」とタママはチラリと思う。
「サイラス、アルテミス商会にはいつ行くんだ?」
ユウキの質問に、サイラスは少しだけ考える。
「花祭りの買い物でしょう? 僕は今年初めてだから、去年の帳簿を調べてから出かけようと思います」
「アルテミスで花見団子を購入する時に、主事にも買っていって手渡してくれないか? その分は私が支払いをするから」
「……それはいいですけど。叔父上、主事さんと知り合いなんですか?」
「まぁね」
「サイラス、この機会にアトス寺院に関することを、叔父上にいろいろ聞いて勉強させてもらいなさい。ユウキはあそこで働いていたんだからね。叔父上はすごく優秀なんだよ」
シオドアが息子のサイラスに父親らしく言い聞かせる。
「はい。知りたいことが山ほどあります!」
オリバーがユウキたちに話しかける。
「アトス寺院は、かなり予算が苦しいと聞きますが…?」
「私が働いていた頃から、あまり予算は付いていなかったなぁ。サイラスも資金繰りには苦労するのではないか?」
「景気が悪くなると、逆に孤児の数が増えると主事さんが嘆いていました」
「世の中が苦しいと、子供を捨てる人間が増えるからな!」
ユウキはサイラスにそう答えながら、皿の上の肉をきれいに切り分ける。
タママは(…アトス寺院って、そんなにお金がないのか)と思いながら、せっせと肉を口に運ぶ。
「ミニヨンの予算配分は適切なんでしょうか? 子供たちが食べるものに事欠くなんて…」
オリバーが疑問を口にする。主事がアトス寺院の予算を嘆く姿はよく目にするが、まさかサイラスの兄上までアトス寺院を気にかけていると思わなかった。タママは新鮮な気持ちでみんなの話に耳をかたむける。
ノラが山盛りになったベリーのタルトを運んできた。オリバーが「タママ、デザートもたくさん食べるといいよ! ベリーは目にいいんだ」と声をかけてくれる。ベリーが目にいいって、どういう意味だろう? 目玉が大きくなるとか?
そういえば、ミッチが「お姫さまみたいにパッチリした目になりたい!」って言っていたな。充分大きな目だと思うんだけど…。「ベリーがいいらしいよ」と教えてあげよう。
「貴族街の再開発も始まっているところだからね…」
シオドアが紅茶にミルクを入れて、ゆっくりスプーンでかき混ぜる。
「…予算はいくらあっても足りないだろう」
「百年に一度の都市計画といわれて、かなり力を入れていますからね」
どうやらオリバーも再開発に興味があるようだ。
食事の時に政治や経済の話をするのが、お貴族様の日常なのだろうか? 孤児院で景気の話が出るのは、せいぜい就職の時期くらいだ。それ以外では誰も経済なんか気にも留めていない。
景気が良かろうが悪かろうが、自分たちにはほとんど関係ないと思って生きている。いつだって、孤児たちの生活はギリギリなのだから…。
けれど、タママはもうサイラスの小姓になったのだ。
(これからは、僕も景気の心配をした方がいいかもしれない…。いや、するべきなんだ)
タママは体が小さくて、大きな荷物も運べないから。少しでもサイラスさまのお役に立てるように、もっともっと勉強した方がいい。主事さまだって、サイラスさまに「誠心誠意お仕えするように」と言っていたじゃないか。
(…馬鹿だ、僕は)
自分の父親のことならよく知っているのに、どうしてこの男の人が「お父さん」だなんて思ったんだろう? タママは冷や汗が流れるのを感じた。お貴族様相手に「お父さん」呼ばわりはマズすぎる…。
「こちらはユウキ叔父上だよ。それから、こっちが兄のオリバー」
サイラスが取りなすように、ユウキとオリバーをタママに紹介する。
「なんだぁ? ずいぶん大きくなったと思ったのに、体重は赤ん坊の頃と変わらないんじゃないか? タママ、もっとたくさん食べて大きくなれよ!」
ユウキがタママを抱きかかえて、天井に向けて高く上げる。赤ちゃんを「高い高い」するみたいなポーズだ。僕のコト、怒っていないみたいだ。タママの身体からホッと力が抜けていく。
(容姿は全然似ていないけど、この人の笑い方はサイラスさまにそっくりだ!)
抱き上げられたまま、タママはユウキの顔をじっと観察する。ユウキもタママをまっすぐに見返す。
「…ユウキさま。サイラスさまのおじさまなんですか?」
「ああ、そうだ。私はアトス寺院で文官をしていたから、タママが赤ちゃんの頃に会ったことがあるんだ。残念ながら本当の父親ではないけどね!」
「……僕の『本当のお父さん』っていうのは、僕の想像のお父さんなんです。本当はいないから大丈夫です」
タママは顔を真っ赤にして答える。こんな立派なお貴族様が僕のお父さんのはずがないのに、おかしなことを言ってごめんなさい。…床に手をついて謝った方がいいかな? タママはもじもじする。
想像のお父さんのことはうまく説明できない。自分だってよくわからないのだから。いつの頃からか「こんなお父さんがいたらいいな~」と、タママの頭の中で繰り返し考えた幻の存在なのだ…。
血の繋がった本当の両親なら、タママはイヤというほどよく知っている。赤ん坊のタママをポイッと捨てておきながら、ときどき孤児院にお金を借りに来ていたから。
タママの両親は小柄で地味な外見をしている。しかし外見とは裏腹に、驚くほどふてぶてしい夫婦だった。貧しさが彼らをそういう人間に変えたのか、それとも生まれつきお金に汚い人間なのか…。
「今月はカネの巡りが悪くてね。少しでいいんで融通してもらえねぇですか?」
タママの父親は口がよく回る男で、母親は反対にむっつりと無口な女だ。ふたりとも清潔とは言い難い薄汚れた服装をして、肌も不健康そうな色をしている。酒の飲みすぎか何かで、ふたりとも体を壊しているのではないか。
「何を勘違いしているか知らないが、アトス寺院は金貸しではない! お金が必要なら質屋でも金貸しでも行っておくれ!」
主事は苦々しげに答える。自分の子供を捨てた孤児院に金を借りに来るとは、この男はどういうつもりだろう?
「うちはタママ以外にもガキが五人もいるもんで、食っていくだけでも大変なんでさぁ。主事さま、お慈悲をお示しくだせぇ。アトス寺院なら、予算からちっとくらい出せるでしょう?」
まるでアトス寺院がカネを融通するのが当然といわんばかりの口ぶりだ。
「自分の子供を捨てておきながら、孤児院にお金を無心するとは! あなたたちはどういう了見なんですか!」
さすがに主事が怒って、相手の要求を突っぱねる。
するとタママの父親はニヤニヤ笑いながら言った。
「だから、うちの坊主を一年ほど預かりますよ。孤児を引き取ると『お支度金』ってやつが貰えるんでしょ? 寺院にゃ迷惑かけねぇで、こっちにゃカネが入るんだ。世の中ぁ、上手くできてんなぁ!」
お支度金というのは、子供を引き取るときに(養い親に対して)養育費として用意されるお金だ。ミニヨンが支給する福祉費である。
主事は呆れて口をパクパクさせた。自分の子を「一年預かる」から、金をよこせというのか? お支度金は子供のためにミニヨンから支給されるものだぞ! 何を考えているんだ! こんな無茶な人間がいるのか? こいつ、頭はまともなんだろうか?
主事は自分の隣でちょこんと座っているタママを見やる。実の両親が子供を「引き取る」と申し出ている以上、強硬に断るわけにもいかない。しかし、タママの親はあからさまにお支度金目当てだから、タママがどういう扱いを受けるのか心配だ。
(タママがどんな仕打ちを受けるか知れたものじゃない。…どうしたらいい? こんな時にユウキさまだったら……)
この問題を自分ひとりで抱え込むには無理がある。タママのことを誰かに相談したい。自分を助けてくれそうな人間など、ひとりしか知らなかった。主事はアウソニアにいるユウキに宛てて手紙を書くことにした。
ミニヨンのお支度金制度は、一度きりの使い切り制度ではない。孤児を引き取っても、いざ一緒に暮らしてみると「家族と相性が合わない」などの理由で出戻りになる子供もいる。一度しか使えない制度だと、お支度金のつかない子供に不利益が生まれるのだ。
「孤児を守るためなら、多少は我慢して目を瞑るが…それにしてもひどい…」
タママの両親はお支度金の申請をもう何度も繰り返している。数ケ月タママを手元に引き取っては、再び孤児院に捨てる。子供を守る善意の制度を利用して、タママの両親はミニヨンからカネを吸い上げていた。主事は悔しく思いながらも、タママを最優先に考えて耐えている。
タママの母親は小さな赤ん坊を背負ったまま孤児院にやってきた。ガリガリに痩せた赤ん坊を見て、主事が無心を断れないことを本能的に知っている。
(ユウキさま、あの夫婦はわざと子供を連れてお金の無心にくるんです。薄汚れて、殴られた痕のある子供を…。自分の子供を人質にして、こちらにお金を要求します。あの母親はまともに赤ん坊にミルクを飲ませているんでしょうか? 先日連れていた子供も、ひどく痩せこけていました。とても見ていられません……)
主事はすっかり頭を抱え、ユウキに送る相談の手紙はどんどん増えていく。
(信じられない愚行です。自分の子供を殴る両親などわたくしは許せない! そんな親がこの世の中にいるなどと、わたくしは信じたくありません。ユウキさま、親とは愛情深いものではないのですか? 親とは慈悲深いものでしょう? どうぞ教えてくださいませ!)
主事は手紙を認めながら「なんという愚行でしょうか! 恥知らず! 恥知らず!」と泣きながら怒っていた。怒りのあまり、心の叫びが口から飛び出してしまっていた。タママは怒り狂う主事の姿を見ながら、「愚行」という新しい単語を覚えた。
(……僕の両親は『恥知らず』なんだ…)
だけど正真正銘、あいつが僕の父親だ。ガッカリ…どころの話ではない。父親のことを考えると、タママは恥ずかしくて死んでしまいたくなる。
(最悪だよ。僕の親たちは…)
ノラの給仕で、タママはドイル家の人びとと食事をした。マナーはかなり怪しかったけれど、隣に座っているサイラスやユウキがさりげなくマナーを教えてくれる。
ノラの作るドイル家の食事は、孤児院のものよりもずっとおいしい。温かい料理を好きなだけおかわりできるというだけで、タママには衝撃的だった。
サイラスの兄上オリバーもニコニコしていて優しい。キラキラの金髪が美しい人だ。ミッチがオリバーの噂話をしていたので「オリバーさまの土産話を喜ぶかな?」とタママはチラリと思う。
「サイラス、アルテミス商会にはいつ行くんだ?」
ユウキの質問に、サイラスは少しだけ考える。
「花祭りの買い物でしょう? 僕は今年初めてだから、去年の帳簿を調べてから出かけようと思います」
「アルテミスで花見団子を購入する時に、主事にも買っていって手渡してくれないか? その分は私が支払いをするから」
「……それはいいですけど。叔父上、主事さんと知り合いなんですか?」
「まぁね」
「サイラス、この機会にアトス寺院に関することを、叔父上にいろいろ聞いて勉強させてもらいなさい。ユウキはあそこで働いていたんだからね。叔父上はすごく優秀なんだよ」
シオドアが息子のサイラスに父親らしく言い聞かせる。
「はい。知りたいことが山ほどあります!」
オリバーがユウキたちに話しかける。
「アトス寺院は、かなり予算が苦しいと聞きますが…?」
「私が働いていた頃から、あまり予算は付いていなかったなぁ。サイラスも資金繰りには苦労するのではないか?」
「景気が悪くなると、逆に孤児の数が増えると主事さんが嘆いていました」
「世の中が苦しいと、子供を捨てる人間が増えるからな!」
ユウキはサイラスにそう答えながら、皿の上の肉をきれいに切り分ける。
タママは(…アトス寺院って、そんなにお金がないのか)と思いながら、せっせと肉を口に運ぶ。
「ミニヨンの予算配分は適切なんでしょうか? 子供たちが食べるものに事欠くなんて…」
オリバーが疑問を口にする。主事がアトス寺院の予算を嘆く姿はよく目にするが、まさかサイラスの兄上までアトス寺院を気にかけていると思わなかった。タママは新鮮な気持ちでみんなの話に耳をかたむける。
ノラが山盛りになったベリーのタルトを運んできた。オリバーが「タママ、デザートもたくさん食べるといいよ! ベリーは目にいいんだ」と声をかけてくれる。ベリーが目にいいって、どういう意味だろう? 目玉が大きくなるとか?
そういえば、ミッチが「お姫さまみたいにパッチリした目になりたい!」って言っていたな。充分大きな目だと思うんだけど…。「ベリーがいいらしいよ」と教えてあげよう。
「貴族街の再開発も始まっているところだからね…」
シオドアが紅茶にミルクを入れて、ゆっくりスプーンでかき混ぜる。
「…予算はいくらあっても足りないだろう」
「百年に一度の都市計画といわれて、かなり力を入れていますからね」
どうやらオリバーも再開発に興味があるようだ。
食事の時に政治や経済の話をするのが、お貴族様の日常なのだろうか? 孤児院で景気の話が出るのは、せいぜい就職の時期くらいだ。それ以外では誰も経済なんか気にも留めていない。
景気が良かろうが悪かろうが、自分たちにはほとんど関係ないと思って生きている。いつだって、孤児たちの生活はギリギリなのだから…。
けれど、タママはもうサイラスの小姓になったのだ。
(これからは、僕も景気の心配をした方がいいかもしれない…。いや、するべきなんだ)
タママは体が小さくて、大きな荷物も運べないから。少しでもサイラスさまのお役に立てるように、もっともっと勉強した方がいい。主事さまだって、サイラスさまに「誠心誠意お仕えするように」と言っていたじゃないか。