禁死篇 ~成人前に亡くなったけど、異世界で元気にがんばってます。
主事さんとユウキ
花祭りの時期のミニヨンは一年で一番華やいでいて、人びとが浮かれている。サイラスとタママはアルテミス商会に出かけて花見団子の注文をして帰って来た。
ミニヨンの商取引は日本とはだいぶ違っている。まず日時を「予約」してから店に「訪問」する。そして、契約書を取り交わして商品を「注文」する。基本的に商品はすべて受注生産で、注文から受け取りまである程度日数が掛かる。
(こっちの世界は大量生産、大量消費じゃないんだな…。おかげで物の値段が高いんだけど、環境にはかなり優しいのかもしれない)
それでも日持ちのしない食品などは、即日持ち帰ることのできるものもある。サイラスは購入した花見団子の一部をユウキが用意した風呂敷に包んで、主事にお土産にした。ユウキにそうしろと言われたから、指示に従ったまでのことだ。
「……サイラスさま、これは?」
クリスティ公爵の家紋が染め抜かれた紫の風呂敷をまじまじと見つめて、主事が訊いてくる。クリスティ公爵家の家紋は神獣といわれる鹿と百合の花をあしらったものだ。
「これは叔父上に頼まれたのです。主事さんに直接お渡しするように、と」
「…今開けてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ?」
中身はなんの変哲もない花見団子だ。アルテミス商会で、今日サイラスとタママが購入予約をした花見団子。来週末になれば、今日予約した花見団子が孤児院にも配送されるだろう。まったく同じものを、何故わざわざユウキが主事宛てに購入したのか、サイラスにはさっぱりわからない。
(あと十日もすれば、アルテミスから孤児院に配送されるだろうに。それまで待てないもんかね? ユウキときたら…)
「…これを、ユウキさまがわたくしに下賜されましたか?」
花見団子を見つめる主事の言葉を聞いて、サイラスは「下賜とはまた大袈裟な…」と思う。主事の言葉のセンスはどうなっているんだ。ドイル家でも毎年食べるお馴染みの花見団子ではないか。
すると見る見る、主事の目に涙が盛り上がって溢れだした。
「えっ? えっ?」
どうした、主事さん? なんで泣くんだ?
サイラスはオロオロする。涙があまりにも思いがけなくて、サイラスは慌ててしまった。主事が花見団子を見て泣く理由がさっぱりわからない。
「ユウキさまは軽々しく他人のことを吹聴する方ではありません。ですから、わたくしが自分でお話いたします。……わたくしは、八年前までアトス寺院でユウキさまの小姓をしておりました」
「そ、そうなんですか?」
主事さんがユウキの小姓だった? ということは、主事さんは孤児だったんだ。そういうことは最初にこっそり教えてよ! ユウキ!
「わたくしは孤児の出でございます。本来は貴族が務める主事などになれる者ではございません…。わたくしが主事になることができたのは、ユウキさまが計らってくださったからです」
主事は白いハンカチでそっと目頭を押さえる。
アトス寺院で働く貴族が余所に行くとき、小姓は「お抱え」になって一緒に寺院から去るのが一般的らしい。ユウキも当然、自分の小姓を婿入り先であるクリスティ公爵家に連れて行こうとしたのだ。
ところがユウキが婿入りするのがミニヨンではなく、隣国アウソニアの貴族だったために話が拗れた。
「…わたくしはそれまで知らなかったのですが、わたくしたち孤児は国外に出ることができないのです」
主事は目を伏せる。
「孤児は身元を保証する者がおりませんから、国外に出られないそうです。…孤児と罪人だけが、自由に国外に出ることがかないません」
主事の言葉にサイラスは目を瞠った。主事は言葉を続ける。
「ユウキさまの兄上であるドイル家のシオドアさまが、わたくしの保証人になろうとおっしゃってくださいました。ユウキさまとわたくしは手を取り合って喜びました。ところが、今度は『ミニヨンの税金で育てられた孤児が、勝手に国外に出ることはかなわぬ』と役人から横やりが入ったのです」
孤児はミニヨンの税金で養われた者なので、たやすく国外に出ることは許されない。ミニヨン国内ならばお抱え小姓にできるが、国外ではお抱え小姓にできないと断られてしまった。……そういう慣例だという。
「そんなことが…あるのですか?」
「慣例だというのですが、そもそも下位貴族の文官が大国アウソニアに婿入りするような先例がないようです。ユウキ様が並外れて優秀なのですよ」
主事はユウキのことを話す時だけ、少し誇らしそうな表情になった。
「ユウキさまは正義感の強いお方ですから…」
主事は当時を思い出したのか、思わずというように微笑む。
ユウキは怒って「ならば小姓を買い取ろう! こいつは優秀な小姓だから言い値で買うぞ! いかほどだ?」とまで言ったそうだ。ところが、そこまで言っても小姓をアウソニアに連れ出すことが許されなかった。
税金で養った者だから、いくら金を積まれても売らないというのだ。ここまでくると嫌がらせとしか思えなかった。どうであっても、孤児を国外に出さない方針なのだろう。
どうにも話が通らずに「孤児なのだから、また一から別の文官に仕えれば良い」と言われる始末だった。
「何年も小姓として真摯に仕えたのに、また別の者に仕えろとは! 人を何だと思っているのだ! 私の小姓を愚弄するのか?」
ユウキは激怒して、婿入り先になるクリスティ公爵家からもミニヨンに圧力を掛けたらしい。おそらくシャーロッテも喜んで加勢したに違いない。そういう人だ、彼女は…。
結果、ユウキの小姓を貴族でないとなれないはずの主事に据えて「生涯他の貴族には仕えなくても良い」ことに落ち着いた。ユウキの小姓はアウソニアについて行くことはできなかったが、その代わりに主事の地位を得たのだった。
「わたくしは体が大きいだけの愚鈍な者でしたが、ユウキさまがわたくしに読み書きを我慢強く教えてくださいましたので、今こうして主事として困らずにお仕事ができております」
ありがたいことでございます、と主事は言った。
「花見団子はわたくしの大好物なのです。ミニヨンでは花祭りは特別な行事でございましょう? 子供の頃…。わたくしが迷子になったのは、花祭りの期間なのです。花祭りの時期は人攫いも多うございますが、迷子もとても多いのです。わたくしの一番古い記憶は………花見団子を頬ばりながら、母に手を引かれて歩いていた記憶なのです」
母が着ていた服の色が水色だったことも覚えています。それなのに、肝心な顔が少しも思い出せません。それでも、母の手のぬくもりを覚えています。わたくしの中に残っている、たったひとつの家族の記憶です。
「最初の数か月……いえ、数年の間でしょうか。わたくしは母を待っておりました。『あぁ、こんなところにいた。手を放しちゃダメじゃないの』と言いながら、わたくしを迎えに来てくれると思っていたのです。……ところが何年経っても母らしき人は訪れません」
雑踏の中で母の手と私の手が離れた。あれは、偶然だったのでしょうか? もしかすると、母は私を捨てたかったのかもしれない………。
「ユウキさまにそうお話しましたら、とても怒られたのですよ。ミニヨンのような小さい国でも、女性の足で歩き回って人を探すのは難儀なことだぞ、と。ユウキさまは…本当にお優しい方なのです」
主事は恥ずかしそうに笑う。
「それで、わたくしは『母は今でもどこかで探してくれているのかもしれない』と、そう思うようにしました」
主事は懐かしそうに目を細めた。まるでどこか遠くにいる、自分の家族を追い求めるかのように。
「ユウキさまはそのことを知ってから、花祭りの時期になると花見団子をふるまってくれるようになりました。わたくしたちはまるで兄弟のように、一緒に花見団子を頬ばったものです」
…家族のいない私にとって、それはとても特別なことだったのです。主事は次から次に溢れる涙をハンカチで拭いながら、声を震わせる。
「わたくしはユウキさまとご一緒できませんでしたが、ユウキさまのお幸せを祈っております。わたくしは昔から誠心誠意、それしかできないのですから……。それしかできない人間なのですから、せめて…」
サイラスは主事のユウキへの忠誠心に打たれた。
ユウキが自分の小姓をアウソニアに連れて行こうと奔走したのは、自分のためというよりも「ひとり取り残されてしまう」主事を慮ってのことだろう。そうさせるだけの忠誠心を、彼はユウキに示していたのだ。
アトス寺院に関してユウキから学ばなければならないことは、こういうことなのだとサイラスは悟った。
孤児院の子供たちは何かしら悲しみを背負っている存在だ。母と姉を失ってこの世界にやってきた、僕とユウキは彼らにとても似ている。
(僕とタママも、ユウキと主事さんのような関係になれるかな?)
ミニヨンの商取引は日本とはだいぶ違っている。まず日時を「予約」してから店に「訪問」する。そして、契約書を取り交わして商品を「注文」する。基本的に商品はすべて受注生産で、注文から受け取りまである程度日数が掛かる。
(こっちの世界は大量生産、大量消費じゃないんだな…。おかげで物の値段が高いんだけど、環境にはかなり優しいのかもしれない)
それでも日持ちのしない食品などは、即日持ち帰ることのできるものもある。サイラスは購入した花見団子の一部をユウキが用意した風呂敷に包んで、主事にお土産にした。ユウキにそうしろと言われたから、指示に従ったまでのことだ。
「……サイラスさま、これは?」
クリスティ公爵の家紋が染め抜かれた紫の風呂敷をまじまじと見つめて、主事が訊いてくる。クリスティ公爵家の家紋は神獣といわれる鹿と百合の花をあしらったものだ。
「これは叔父上に頼まれたのです。主事さんに直接お渡しするように、と」
「…今開けてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ?」
中身はなんの変哲もない花見団子だ。アルテミス商会で、今日サイラスとタママが購入予約をした花見団子。来週末になれば、今日予約した花見団子が孤児院にも配送されるだろう。まったく同じものを、何故わざわざユウキが主事宛てに購入したのか、サイラスにはさっぱりわからない。
(あと十日もすれば、アルテミスから孤児院に配送されるだろうに。それまで待てないもんかね? ユウキときたら…)
「…これを、ユウキさまがわたくしに下賜されましたか?」
花見団子を見つめる主事の言葉を聞いて、サイラスは「下賜とはまた大袈裟な…」と思う。主事の言葉のセンスはどうなっているんだ。ドイル家でも毎年食べるお馴染みの花見団子ではないか。
すると見る見る、主事の目に涙が盛り上がって溢れだした。
「えっ? えっ?」
どうした、主事さん? なんで泣くんだ?
サイラスはオロオロする。涙があまりにも思いがけなくて、サイラスは慌ててしまった。主事が花見団子を見て泣く理由がさっぱりわからない。
「ユウキさまは軽々しく他人のことを吹聴する方ではありません。ですから、わたくしが自分でお話いたします。……わたくしは、八年前までアトス寺院でユウキさまの小姓をしておりました」
「そ、そうなんですか?」
主事さんがユウキの小姓だった? ということは、主事さんは孤児だったんだ。そういうことは最初にこっそり教えてよ! ユウキ!
「わたくしは孤児の出でございます。本来は貴族が務める主事などになれる者ではございません…。わたくしが主事になることができたのは、ユウキさまが計らってくださったからです」
主事は白いハンカチでそっと目頭を押さえる。
アトス寺院で働く貴族が余所に行くとき、小姓は「お抱え」になって一緒に寺院から去るのが一般的らしい。ユウキも当然、自分の小姓を婿入り先であるクリスティ公爵家に連れて行こうとしたのだ。
ところがユウキが婿入りするのがミニヨンではなく、隣国アウソニアの貴族だったために話が拗れた。
「…わたくしはそれまで知らなかったのですが、わたくしたち孤児は国外に出ることができないのです」
主事は目を伏せる。
「孤児は身元を保証する者がおりませんから、国外に出られないそうです。…孤児と罪人だけが、自由に国外に出ることがかないません」
主事の言葉にサイラスは目を瞠った。主事は言葉を続ける。
「ユウキさまの兄上であるドイル家のシオドアさまが、わたくしの保証人になろうとおっしゃってくださいました。ユウキさまとわたくしは手を取り合って喜びました。ところが、今度は『ミニヨンの税金で育てられた孤児が、勝手に国外に出ることはかなわぬ』と役人から横やりが入ったのです」
孤児はミニヨンの税金で養われた者なので、たやすく国外に出ることは許されない。ミニヨン国内ならばお抱え小姓にできるが、国外ではお抱え小姓にできないと断られてしまった。……そういう慣例だという。
「そんなことが…あるのですか?」
「慣例だというのですが、そもそも下位貴族の文官が大国アウソニアに婿入りするような先例がないようです。ユウキ様が並外れて優秀なのですよ」
主事はユウキのことを話す時だけ、少し誇らしそうな表情になった。
「ユウキさまは正義感の強いお方ですから…」
主事は当時を思い出したのか、思わずというように微笑む。
ユウキは怒って「ならば小姓を買い取ろう! こいつは優秀な小姓だから言い値で買うぞ! いかほどだ?」とまで言ったそうだ。ところが、そこまで言っても小姓をアウソニアに連れ出すことが許されなかった。
税金で養った者だから、いくら金を積まれても売らないというのだ。ここまでくると嫌がらせとしか思えなかった。どうであっても、孤児を国外に出さない方針なのだろう。
どうにも話が通らずに「孤児なのだから、また一から別の文官に仕えれば良い」と言われる始末だった。
「何年も小姓として真摯に仕えたのに、また別の者に仕えろとは! 人を何だと思っているのだ! 私の小姓を愚弄するのか?」
ユウキは激怒して、婿入り先になるクリスティ公爵家からもミニヨンに圧力を掛けたらしい。おそらくシャーロッテも喜んで加勢したに違いない。そういう人だ、彼女は…。
結果、ユウキの小姓を貴族でないとなれないはずの主事に据えて「生涯他の貴族には仕えなくても良い」ことに落ち着いた。ユウキの小姓はアウソニアについて行くことはできなかったが、その代わりに主事の地位を得たのだった。
「わたくしは体が大きいだけの愚鈍な者でしたが、ユウキさまがわたくしに読み書きを我慢強く教えてくださいましたので、今こうして主事として困らずにお仕事ができております」
ありがたいことでございます、と主事は言った。
「花見団子はわたくしの大好物なのです。ミニヨンでは花祭りは特別な行事でございましょう? 子供の頃…。わたくしが迷子になったのは、花祭りの期間なのです。花祭りの時期は人攫いも多うございますが、迷子もとても多いのです。わたくしの一番古い記憶は………花見団子を頬ばりながら、母に手を引かれて歩いていた記憶なのです」
母が着ていた服の色が水色だったことも覚えています。それなのに、肝心な顔が少しも思い出せません。それでも、母の手のぬくもりを覚えています。わたくしの中に残っている、たったひとつの家族の記憶です。
「最初の数か月……いえ、数年の間でしょうか。わたくしは母を待っておりました。『あぁ、こんなところにいた。手を放しちゃダメじゃないの』と言いながら、わたくしを迎えに来てくれると思っていたのです。……ところが何年経っても母らしき人は訪れません」
雑踏の中で母の手と私の手が離れた。あれは、偶然だったのでしょうか? もしかすると、母は私を捨てたかったのかもしれない………。
「ユウキさまにそうお話しましたら、とても怒られたのですよ。ミニヨンのような小さい国でも、女性の足で歩き回って人を探すのは難儀なことだぞ、と。ユウキさまは…本当にお優しい方なのです」
主事は恥ずかしそうに笑う。
「それで、わたくしは『母は今でもどこかで探してくれているのかもしれない』と、そう思うようにしました」
主事は懐かしそうに目を細めた。まるでどこか遠くにいる、自分の家族を追い求めるかのように。
「ユウキさまはそのことを知ってから、花祭りの時期になると花見団子をふるまってくれるようになりました。わたくしたちはまるで兄弟のように、一緒に花見団子を頬ばったものです」
…家族のいない私にとって、それはとても特別なことだったのです。主事は次から次に溢れる涙をハンカチで拭いながら、声を震わせる。
「わたくしはユウキさまとご一緒できませんでしたが、ユウキさまのお幸せを祈っております。わたくしは昔から誠心誠意、それしかできないのですから……。それしかできない人間なのですから、せめて…」
サイラスは主事のユウキへの忠誠心に打たれた。
ユウキが自分の小姓をアウソニアに連れて行こうと奔走したのは、自分のためというよりも「ひとり取り残されてしまう」主事を慮ってのことだろう。そうさせるだけの忠誠心を、彼はユウキに示していたのだ。
アトス寺院に関してユウキから学ばなければならないことは、こういうことなのだとサイラスは悟った。
孤児院の子供たちは何かしら悲しみを背負っている存在だ。母と姉を失ってこの世界にやってきた、僕とユウキは彼らにとても似ている。
(僕とタママも、ユウキと主事さんのような関係になれるかな?)