禁死篇 ~成人前に亡くなったけど、異世界で元気にがんばってます。
リヒトの花祭り ①
「招待状は発送済みか?」
「はい、常連様方に発送済みです」
リヒトの質問に覚書を手にした執事がしっかり答える。
「料理の予約はどうだ?」
「皆さまのお返事を待ってから、数の確認です」
「…うむ」
ミニヨンの花祭りに行われる舟遊びは、アルテミスでも恒例行事である。例年のことなので不手際があるとは思えないが、人を招いてホスト役を務めるのだから確認は必要だ。
舟遊びは取引額の多い優良顧客を招待して催される。ぶっちゃけると、招待客は毎年ほぼ固定化されているのだが、お客様が楽しみにしてくれるので大切な催しだ。
「しかし、この時期は船を押さえるのが大変だな!」
リヒトは大きな丸テーブルに着いて、長い足を高く組んだ。花祭りは毎年のことだが、一番頭を悩ますのが貸し船の手配だ。花祭りの期間は一年で一番貸し船の需要が大きい。貸し船稼業は花祭りの期間で一年のほとんどの収入を稼ぐのだ。
「できるだけ大きな船を借りたいのですが、なかなか難しいですね!」
「貸し船の料金は年々上がっておりますよ、リヒト様」
「近頃では、こちらの足元を見るような店もあります!」
若い執事たちが口々に不満を訴える。
貸し船の手配は年々難しくなっていて、リヒトも頭を悩ませている。船の数が圧倒的に足りていないので、賃料がぐんぐん値上がりしていた。
〈どうせ毎年使うのだ、アルテミス専用の船を作ってしまえば良いのに……〉
リヒトはそう思うのだが、「平民が船を持つのは贅沢だろう」と旦那様が良い顔をなさらない。
アルテミスでは男性従業員を「執事」、女性従業員を「メイド」と呼び、従業員はフラットな関係になっている。その執事とメイドを束ねるのがリヒトとオプスキュリテで、このふたりは「守り役」と呼ばれる。
守り役であるリヒトとオプスキュリテの上に、女主人であるグレイスが君臨する。旦那様はグレイスの父親で、アルテミスの実質的なオーナーという位置づけだ。
アルテミス商会はミニヨンでも有名な老舗デパートを持ち、高位貴族にも引けを取らないような裕福な会社だ。旦那様は手広くお仕事をなさっているし、どの事業も順調に拡大している。
それでも、旦那様はいつも貴族の目を警戒して万事控えめにしている。「平民として度を越さないように」というのが、常日頃の口癖である。彼自身が男爵家からアルテミスに婿養子にきた人間なので、身分社会の怖さというものをよく知っているのだろう。
しかし、リヒトは大いに不満だ。
〈あぁ、平民だ貴族だと面倒くさいことだな! 同じ人間なんだ、大差はあるまいっ!〉
リヒトは忌々しげに赤毛のポニーテールを振る。ギラギラした金色の瞳にイライラした気分がハッキリと出ている。気分が高揚すると、瞳の色が普段よりも獣じみてくる。
丸テーブルの上にメイドが用意したぶどうがガラスの皿に盛られている。ぶどうと梨はリヒトの好物なので、リヒト派の集まりではよく供される。
「……」
舌打ちして、リヒトはぶどうを口に入れる。
銀食器はリヒトが苦手なので、アルテミスで使う食器はほとんどガラスか陶器製である。もっとも、銀食器が苦手なのはリヒトだけではない。オプスキュリテも同じように銀製品は苦手なはずだ。
〈まぁ、我らは人間ではないからな……〉
妖魔は銀製品が苦手だ。……理由はわからない。リヒトは獅子の化身、オプスキュリテは一角獣の化身である。リヒトとオプスキュリテは【魔】ではないが、やはり銀は苦手である。無理をすれば触れないわけではないが、生理的に好きではない。
舟遊び当日は空も青く、高く澄みきっていた。
「うん。今日は良い日になりそうだ!」と、リヒトは気分よく目覚めた。舟遊び当日はリヒトも毎年新しい服に袖を通す。輝かしい美貌を持つリヒトとオプスキュリテはアルテミスの顧客たちの中でも人気がある。せいぜい着飾っておもてなしをするのだ。
「まぁ、私くらい美しいと仕方がないな…」
リヒトはつぶやく。
オプスキュリテも今日は新しい青い衣装に身を包んでいる。帯と襟だけグレー掛かっているのは、自分の銀髪に合わせたのだろう。青い瞳によく合う服装である。
〈どうせ、どこぞの女にでも貢がせたモノだろう。相変わらず地味な服の趣味だが…〉
リヒトはそんな感想を持った。
「リヒトもオプスキュリテも素敵な衣装ですね! 今日の舟遊び用に仕立てたものでしょう?」
晴れやかな表情で、グレイスが話しかけてくる。そう言う彼女自身も、今日のために新調した白いドレスを身に着けている。白地に、瞳の色に合わせた菫色の花が刺繍されている。襟の部分に黒いレースが掛けられていて、同じレースのリボンがウエストに結ばれていた。
「我らの衣装など、お目汚しでございます。グレイスさまこそ大変素晴らしいドレスです」
「あら、ありがとう! オプスキュリテ」
グレイスは嬉しそうににっこり微笑んで、くるりと回ってドレスをお披露目してくれる。ウエストの後ろにもレースの大きなリボンがついていて、ちょっとしたチャームポイントになっている。リヒトもオプスキュリテもにっこりと微笑んでその様子を見ていた。
〈オプスキュリテめ。私が言おうと思った誉め言葉を、そっくりそのままグレイスに言っていないか? …もしや私の心を読んだのでは?〉
少々疑心暗鬼になりながら、リヒトは平静を装う。リヒトとオプスキュリテはふたりとも霊力があるので、お互い声を出さずに意思疎通を行うことができる。テレパシーのようなものだ。しかし、オプスキュリテが勝手にリヒトの心を読むことができるなどということはない…はずだ。
執事やメイドたちからもグレイスに「まぁ、お可愛らしいこと!」という声があがる。
「リヒト様も素敵なお召し物ですね!」
「リヒト様の赤い髪に、今日のお召し物はぴったりです!」
リヒトを愛する「リヒト派」のメイドたちが彼を褒めそやしている。
「…そうか? ふん?」
今日のリヒトは白と黒のシンプルな衣装を身に着けている。首にはスカーフを巻いているが、これも白と黒の二色を使っていた。
〈私の赤い髪を上手に引き立てているようだな。……よしよし〉
リヒトの気分がウキウキと持ち直してくる。リヒトもオプスキュリテも特に何もしていないのだが、アルテミス商会にはリヒトを支持するリヒト派と、オプスキュリテを支持するオプスキュリテ派というのが存在している。
〈むろん、派閥に別れて争ったりはしない。リヒト派の賢い者たちは私を愛し、オプスキュリテ派のボンクラどもはオプスキュリテに血道をあげている。ただそれだけだ〉
「…リヒト、船に運び込む蒸留酒はこれで足りているのか?」
オプスキュリテが覚書を見ながら訊いてくる。
「果実酒もビールもあるし、紅茶やコーヒー、果汁の類もある。例年だと充分に足りているぞ?」
「ふむ、お前がそう言うならば大丈夫だろう」
オプスキュリテが納得したように頷く。
〈はぁ、オプスキュリテのこのネチネチした性格は何とかならんのか?〉
少しくらい不足があっても、何とかなるものだろう。足りないものは足りないなりにやれば、それで良いだろう。おおらかな性格のリヒトはそんなふうに思う。
せっかくの花祭りだ。舟遊びの日なのだから、私は思いっきり楽しみたいぞ!
「はい、常連様方に発送済みです」
リヒトの質問に覚書を手にした執事がしっかり答える。
「料理の予約はどうだ?」
「皆さまのお返事を待ってから、数の確認です」
「…うむ」
ミニヨンの花祭りに行われる舟遊びは、アルテミスでも恒例行事である。例年のことなので不手際があるとは思えないが、人を招いてホスト役を務めるのだから確認は必要だ。
舟遊びは取引額の多い優良顧客を招待して催される。ぶっちゃけると、招待客は毎年ほぼ固定化されているのだが、お客様が楽しみにしてくれるので大切な催しだ。
「しかし、この時期は船を押さえるのが大変だな!」
リヒトは大きな丸テーブルに着いて、長い足を高く組んだ。花祭りは毎年のことだが、一番頭を悩ますのが貸し船の手配だ。花祭りの期間は一年で一番貸し船の需要が大きい。貸し船稼業は花祭りの期間で一年のほとんどの収入を稼ぐのだ。
「できるだけ大きな船を借りたいのですが、なかなか難しいですね!」
「貸し船の料金は年々上がっておりますよ、リヒト様」
「近頃では、こちらの足元を見るような店もあります!」
若い執事たちが口々に不満を訴える。
貸し船の手配は年々難しくなっていて、リヒトも頭を悩ませている。船の数が圧倒的に足りていないので、賃料がぐんぐん値上がりしていた。
〈どうせ毎年使うのだ、アルテミス専用の船を作ってしまえば良いのに……〉
リヒトはそう思うのだが、「平民が船を持つのは贅沢だろう」と旦那様が良い顔をなさらない。
アルテミスでは男性従業員を「執事」、女性従業員を「メイド」と呼び、従業員はフラットな関係になっている。その執事とメイドを束ねるのがリヒトとオプスキュリテで、このふたりは「守り役」と呼ばれる。
守り役であるリヒトとオプスキュリテの上に、女主人であるグレイスが君臨する。旦那様はグレイスの父親で、アルテミスの実質的なオーナーという位置づけだ。
アルテミス商会はミニヨンでも有名な老舗デパートを持ち、高位貴族にも引けを取らないような裕福な会社だ。旦那様は手広くお仕事をなさっているし、どの事業も順調に拡大している。
それでも、旦那様はいつも貴族の目を警戒して万事控えめにしている。「平民として度を越さないように」というのが、常日頃の口癖である。彼自身が男爵家からアルテミスに婿養子にきた人間なので、身分社会の怖さというものをよく知っているのだろう。
しかし、リヒトは大いに不満だ。
〈あぁ、平民だ貴族だと面倒くさいことだな! 同じ人間なんだ、大差はあるまいっ!〉
リヒトは忌々しげに赤毛のポニーテールを振る。ギラギラした金色の瞳にイライラした気分がハッキリと出ている。気分が高揚すると、瞳の色が普段よりも獣じみてくる。
丸テーブルの上にメイドが用意したぶどうがガラスの皿に盛られている。ぶどうと梨はリヒトの好物なので、リヒト派の集まりではよく供される。
「……」
舌打ちして、リヒトはぶどうを口に入れる。
銀食器はリヒトが苦手なので、アルテミスで使う食器はほとんどガラスか陶器製である。もっとも、銀食器が苦手なのはリヒトだけではない。オプスキュリテも同じように銀製品は苦手なはずだ。
〈まぁ、我らは人間ではないからな……〉
妖魔は銀製品が苦手だ。……理由はわからない。リヒトは獅子の化身、オプスキュリテは一角獣の化身である。リヒトとオプスキュリテは【魔】ではないが、やはり銀は苦手である。無理をすれば触れないわけではないが、生理的に好きではない。
舟遊び当日は空も青く、高く澄みきっていた。
「うん。今日は良い日になりそうだ!」と、リヒトは気分よく目覚めた。舟遊び当日はリヒトも毎年新しい服に袖を通す。輝かしい美貌を持つリヒトとオプスキュリテはアルテミスの顧客たちの中でも人気がある。せいぜい着飾っておもてなしをするのだ。
「まぁ、私くらい美しいと仕方がないな…」
リヒトはつぶやく。
オプスキュリテも今日は新しい青い衣装に身を包んでいる。帯と襟だけグレー掛かっているのは、自分の銀髪に合わせたのだろう。青い瞳によく合う服装である。
〈どうせ、どこぞの女にでも貢がせたモノだろう。相変わらず地味な服の趣味だが…〉
リヒトはそんな感想を持った。
「リヒトもオプスキュリテも素敵な衣装ですね! 今日の舟遊び用に仕立てたものでしょう?」
晴れやかな表情で、グレイスが話しかけてくる。そう言う彼女自身も、今日のために新調した白いドレスを身に着けている。白地に、瞳の色に合わせた菫色の花が刺繍されている。襟の部分に黒いレースが掛けられていて、同じレースのリボンがウエストに結ばれていた。
「我らの衣装など、お目汚しでございます。グレイスさまこそ大変素晴らしいドレスです」
「あら、ありがとう! オプスキュリテ」
グレイスは嬉しそうににっこり微笑んで、くるりと回ってドレスをお披露目してくれる。ウエストの後ろにもレースの大きなリボンがついていて、ちょっとしたチャームポイントになっている。リヒトもオプスキュリテもにっこりと微笑んでその様子を見ていた。
〈オプスキュリテめ。私が言おうと思った誉め言葉を、そっくりそのままグレイスに言っていないか? …もしや私の心を読んだのでは?〉
少々疑心暗鬼になりながら、リヒトは平静を装う。リヒトとオプスキュリテはふたりとも霊力があるので、お互い声を出さずに意思疎通を行うことができる。テレパシーのようなものだ。しかし、オプスキュリテが勝手にリヒトの心を読むことができるなどということはない…はずだ。
執事やメイドたちからもグレイスに「まぁ、お可愛らしいこと!」という声があがる。
「リヒト様も素敵なお召し物ですね!」
「リヒト様の赤い髪に、今日のお召し物はぴったりです!」
リヒトを愛する「リヒト派」のメイドたちが彼を褒めそやしている。
「…そうか? ふん?」
今日のリヒトは白と黒のシンプルな衣装を身に着けている。首にはスカーフを巻いているが、これも白と黒の二色を使っていた。
〈私の赤い髪を上手に引き立てているようだな。……よしよし〉
リヒトの気分がウキウキと持ち直してくる。リヒトもオプスキュリテも特に何もしていないのだが、アルテミス商会にはリヒトを支持するリヒト派と、オプスキュリテを支持するオプスキュリテ派というのが存在している。
〈むろん、派閥に別れて争ったりはしない。リヒト派の賢い者たちは私を愛し、オプスキュリテ派のボンクラどもはオプスキュリテに血道をあげている。ただそれだけだ〉
「…リヒト、船に運び込む蒸留酒はこれで足りているのか?」
オプスキュリテが覚書を見ながら訊いてくる。
「果実酒もビールもあるし、紅茶やコーヒー、果汁の類もある。例年だと充分に足りているぞ?」
「ふむ、お前がそう言うならば大丈夫だろう」
オプスキュリテが納得したように頷く。
〈はぁ、オプスキュリテのこのネチネチした性格は何とかならんのか?〉
少しくらい不足があっても、何とかなるものだろう。足りないものは足りないなりにやれば、それで良いだろう。おおらかな性格のリヒトはそんなふうに思う。
せっかくの花祭りだ。舟遊びの日なのだから、私は思いっきり楽しみたいぞ!