禁死篇 ~成人前に亡くなったけど、異世界で元気にがんばってます。
リヒトの花祭り ②
水主たちが船首と中央のマストの二箇所にアルテミスの旗を掲げていた。黒地に白く、獅子とユニコーンと乙女の姿が染め抜かれている。これがアルテミス商会の紋章である。その様子を眺めながら、リヒトの気分はだんだんと上がってきた。花祭りの一日を素晴らしいものにして、お客様を楽しませてやろう!
「フッ、実に美しい意匠だな!」
…まぁ、私とオプスキュリテがふたりで考えた意匠なのだが。リヒトは風に翻るアルテミスの旗に頷くと、大変満足した。
船の出港時、メイドたちが横笛で美しいメロディーを奏で始める。普段アルテミスの店内で流れている曲だ。著名な作曲家に依頼して作ってもらったアルテミスのオリジナル曲である。
「リヒト、ご祝儀を投げ始めてもよいか?」
オプスキュリテがリヒトに確認してくる。
「あぁ、投げよう!」
出港時に岸に向かってご祝儀を投げるのが船旅の慣例だ。ミニヨンには海がないが、近隣国では必ず行われている。これは昔から船の安全を願って行われるまじないの一種だ。
海が荒れると船を軽くするために荷をすべて海に投げ捨てるのだが、縁起を担いで【あらかじめ岸に荷を投げておく】ことによって、海難を避けると言われている。ご祝儀を投げて寄進行為をすることで、船を守ろうとしているのだ。
リヒトは「ふん、験担ぎか」と思うが、貧しい者にとってはうれしいお布施だから悪いことではない。
アルテミスのような商家にとって、こういうご祝儀の加減も難しい。ケチケチすると世間の評判を下げることになる。かといって張り込みすぎると「平民の分際で生意気だ」などと貴族の嫉妬を招くのだ。
出すぎず、かといって物足りなくもない。適度なお布施を考えなくてはいけない。
〈人間は面倒くさい! こっちは無料で投げてやるのだ。文句を言わずにありがたく受け取れ!〉
リヒトは心の中で盛大に文句を言う。
アルテミスは極力貴族の嫉妬を買わないように、でしゃばらずに中型船を借り、ご祝儀にはツユと呼ばれる地味な青い花を投げる。 ツユは見た目は地味だが、乾燥させると熱覚ましになる生薬である。旦那様は薬を商う仕事もなさっているので、宣伝にもなって一石二鳥だろう。
リヒトとオプスキュリテも出航時にツユの花を投げている。花は軽いので、重しにキャンディーをつけて投げるのだ。キャンディーは投げやすいので、船のご祝儀として扱いやすい。
〈私とオプスキュリテが並んで花を投げていると、なにやら目立ってしまう。…自分で言うのも何だが、私は今日も美しすぎるな!〉
リヒトはポンポンご祝儀を投げながら、そんなことを考えている。
「こちらにもお花を投げてください!」
「私にも! お花をくださいませ!」
岸から女どもの歓声が飛んでくる。イヤ、歓声ではなくて嬌声か? ……まぁ、どっちでもいい。
「熱覚ましになるお花でございます!」
「乾燥させてお薬になるお花でございます!」
執事たちが熱心に宣伝しながら花を投げている。オプスキュリテは面倒くさいのか、ニコニコ笑いながらも無言で花を投げている。…こいつ、絶対に作り笑いだろう。リヒトは心の中でオプスキュリテに突っ込みを入れる。
小さな女の子が手を振りながら「お花をお願いします!」と声をあげている。なかなか可憐な少女だ。慈悲深い私は、その子を目がけて花を投げてやる。すると何故か、オプスキュリテもその少女を目がけてツユの花を投げてやる。
〈ちっ。なぜオプスキュリテはいつも私の後追いばかりするのだ〉
船が岸から完全に遠ざかってしまうと、メイドたちの奏でる演奏曲がアップテンポなものに切り変わった。
それに合わせて、甲板に作られたステージで男たちがダンスを始める。頭に被っていた帽子をクルクル回しながら自分たちもクルクル回ったり、跳んだり跳ねたりしている。動きが敏捷で、なかなか小気味よい。
ダンサーは外部から雇っている。アクロバティックなダンスが最近巷で人気らしい。人間の流行などまったく興味はないが、私の方がもっと高く跳んだり跳ねたりできる!
「ま…どうでもいいか」リヒトは肩をすくめた。
執事たちが常連客に声をかけながら飲み物を配っている。リヒトとオプスキュリテは女主人のグレイスに従いながら、常連客に挨拶回りをしていた。
「本日はお招きありがとう!」
「グレイス、楽しませてもらっていますよ」
「……ありがとうございます」
お客様の挨拶にグレイスたちは丁寧に応じる。船上は和やかな雰囲気である。今年の舟遊びもまずまずの滑り出しだろう。
「今年はステージ上で演劇をお見せする予定です。お弁当を食べながら、役者さんの素晴らしいお芝居をお楽しみ下さいませ!」
グレイスが今年の舟遊びの趣向を説明している。アルテミスの顧客は上流客が多く、音楽や演劇などに造詣が深い。経済的な余裕があり、それだけ目が肥えているのだ。
舟遊びでは食事をしながら演劇や音楽を楽しめる。これが劇場との大きな違いだろう。一般に、劇場は飲食を禁止されていることが多い。
「アルテミスで用意されるお弁当は毎年とてもおいしいわ」
「お褒めにあずかり、ありがとうございます」
アルテミスで用意した弁当は、名の通った老舗店に注文しているお花見用の弁当だ。美味なだけでなく、見た目も美しいものである。
〈この私が手配したのだ、旨くなければ困るぞ!〉リヒトは自信満々だ。
花見に良い景観の場所で船が泊められ、錨を下ろす準備がされている。リヒトはお得意様であるディクスン伯爵令嬢をエスコートして、席に案内していた。ディクスン伯爵令嬢はワインレッドのドレスを身に着けて、レースのスカーフで首元を覆っていた。
「お茶とお菓子をお持ちしますか? それとも、果実酒か何かをご用意しましょうか?」
「そうね、お茶とお菓子をいただくわ」
「すぐお持ちします。少し風があるので、ひざ掛けをお使いください」
跪いて、リヒト自ら彼女の膝に丁寧にひざ掛けを広げる。船上なので思ったよりも風が強くなって、リヒトの長い赤毛も風に靡いている。
「…風が出てきたな」
リヒトは令嬢のスカーフが風に飛ばされないように、そして防寒になるようにと形を整えながら綺麗に蝶結びにした。その瞬間、船の外で大きな声が上がった。
「おい、場所を空けろ! 邪魔だ!」
「おい、除け除け!」
数人の男たちの怒鳴り声が聞こえる。
「のけ、のけ! のけ!」
「場所を譲れ!」
居丈高な声と、それに対する「おやめください、危険です!」という声。
なんだ? 余所の船とアルテミスが揉めているのか?
「……リヒト、隣の船が場所を空けさせようとしているのではなくて? お隣は貴族の船みたいだわ」
ディクスン令嬢が心配そうにリヒトを見つめてくる。
〈…まさか船争いか?〉
花祭りでの花見席の奪い合いは、もはや恒例行事のようなものだ。毎年、陸でも湖上でも場所取りの喧嘩が起きている。しかし、アルテミスが喧嘩を仕掛けられるのは初めてだ。
「大丈夫ですよ、ご心配なく」
リヒトは令嬢の肩に軽く手を置いて、彼女を慰めようとする。すると再び
「おい、除け除け!」という怒鳴り声と、「危険ですのでおやめください! お下がりください!」という押し問答が始まった。
アルテミス側で声を上げて対応しているのは、オプスキュリテの側近である男たちだ。声に聞き覚えがある。
「のけのけ! のけのけ!」
「おやめください、船がぶつかります! 危険ではございませんかっ!」
「だから、退けと言っている! 船を壊されたいのかーー!」
貴族の船では「のけ、のけ! のけ、のけ!」の大合唱が起きている。これは船を退けという意味と、船を除けてやるという二重の意味があるのだ。
あまりにも理不尽な言い様に、リヒトは激しい怒りを感じた。金色の瞳がギラギラと輝いてくる。
〈何が貴族だ! いい加減にしろっ! こいつら全員、まとめて引き裂いてやるか!〉
リヒトとオプスキュリテは【魔】ではない。しかし、ふたりともに強い霊力を持っている。その気になれば、こんな人間ごときに負けることはない。
ところが、リヒトの怒りとは裏腹にオプスキュリテは冷たい声で
「お客様に怪我をさせてはどうしようもない。仕方がないから船を動かしなさい…」
と水主たちに指示を出し始めた。
〈おい、オプスキュリテ! お前は本気か? あの程度の人数ならふたりで楽に片づけられるだろう?〉
リヒトは思わずオプスキュリテに【声】を掛ける。あんなクソどもに譲るなどと、リヒトには考えられない。
《リヒト、お前こそ本気か? ここで人間どもを襲う気なのか?》
〈お前に自信がないなら、私ひとりでも片づけてやる〉
瞳をギラギラさせるリヒトに対して、オプスキュリテがイヤイヤと頭を振る。
《リヒト、お前はここで何をする気だ? ギャラリーが多すぎるだろう。私のお客様も乗っている。この船で揉め事を起こさないでくれ! 私は血なまぐさいことはごめんだ。我らと違って、人間はか弱くて繊細だぞ!》
オプスキュリテの【声】が心に直接響いてくる。便利なことに、我らは心の中で会話ができるのだ。
リヒトはディクスン伯爵令嬢の青白くなった顔色をチラッと見て、小さく溜息をつく。こんなに怯えている彼女を、これ以上怖がらせることはできない。リヒトは女性には甘いのだ。
〈……了解した〉
私とオプスキュリテが暴れたら、船は大混乱になるだろう。うっかり忘れていたが、人間は意外とナイーブな生き物だったな。ディクスン伯爵令嬢のためだ、死んだ気で我慢しよう。
不承不承、アルテミスは船を移動させることにする。
そうはいっても、きっちり仕返しをしてやりたいので
「おい、オプスキュリテ。マストにぶら下げられた相手の紋章を覚えておくか?(意訳:船上でなければ、こいつらを●●しても良いだろう?)」
とリヒトがオプスキュリテにささやくと、げんなりした顔で「…バカなことはやめておけ」と言われる。
……えっ、ダメなのか? 何故だ?
「フッ、実に美しい意匠だな!」
…まぁ、私とオプスキュリテがふたりで考えた意匠なのだが。リヒトは風に翻るアルテミスの旗に頷くと、大変満足した。
船の出港時、メイドたちが横笛で美しいメロディーを奏で始める。普段アルテミスの店内で流れている曲だ。著名な作曲家に依頼して作ってもらったアルテミスのオリジナル曲である。
「リヒト、ご祝儀を投げ始めてもよいか?」
オプスキュリテがリヒトに確認してくる。
「あぁ、投げよう!」
出港時に岸に向かってご祝儀を投げるのが船旅の慣例だ。ミニヨンには海がないが、近隣国では必ず行われている。これは昔から船の安全を願って行われるまじないの一種だ。
海が荒れると船を軽くするために荷をすべて海に投げ捨てるのだが、縁起を担いで【あらかじめ岸に荷を投げておく】ことによって、海難を避けると言われている。ご祝儀を投げて寄進行為をすることで、船を守ろうとしているのだ。
リヒトは「ふん、験担ぎか」と思うが、貧しい者にとってはうれしいお布施だから悪いことではない。
アルテミスのような商家にとって、こういうご祝儀の加減も難しい。ケチケチすると世間の評判を下げることになる。かといって張り込みすぎると「平民の分際で生意気だ」などと貴族の嫉妬を招くのだ。
出すぎず、かといって物足りなくもない。適度なお布施を考えなくてはいけない。
〈人間は面倒くさい! こっちは無料で投げてやるのだ。文句を言わずにありがたく受け取れ!〉
リヒトは心の中で盛大に文句を言う。
アルテミスは極力貴族の嫉妬を買わないように、でしゃばらずに中型船を借り、ご祝儀にはツユと呼ばれる地味な青い花を投げる。 ツユは見た目は地味だが、乾燥させると熱覚ましになる生薬である。旦那様は薬を商う仕事もなさっているので、宣伝にもなって一石二鳥だろう。
リヒトとオプスキュリテも出航時にツユの花を投げている。花は軽いので、重しにキャンディーをつけて投げるのだ。キャンディーは投げやすいので、船のご祝儀として扱いやすい。
〈私とオプスキュリテが並んで花を投げていると、なにやら目立ってしまう。…自分で言うのも何だが、私は今日も美しすぎるな!〉
リヒトはポンポンご祝儀を投げながら、そんなことを考えている。
「こちらにもお花を投げてください!」
「私にも! お花をくださいませ!」
岸から女どもの歓声が飛んでくる。イヤ、歓声ではなくて嬌声か? ……まぁ、どっちでもいい。
「熱覚ましになるお花でございます!」
「乾燥させてお薬になるお花でございます!」
執事たちが熱心に宣伝しながら花を投げている。オプスキュリテは面倒くさいのか、ニコニコ笑いながらも無言で花を投げている。…こいつ、絶対に作り笑いだろう。リヒトは心の中でオプスキュリテに突っ込みを入れる。
小さな女の子が手を振りながら「お花をお願いします!」と声をあげている。なかなか可憐な少女だ。慈悲深い私は、その子を目がけて花を投げてやる。すると何故か、オプスキュリテもその少女を目がけてツユの花を投げてやる。
〈ちっ。なぜオプスキュリテはいつも私の後追いばかりするのだ〉
船が岸から完全に遠ざかってしまうと、メイドたちの奏でる演奏曲がアップテンポなものに切り変わった。
それに合わせて、甲板に作られたステージで男たちがダンスを始める。頭に被っていた帽子をクルクル回しながら自分たちもクルクル回ったり、跳んだり跳ねたりしている。動きが敏捷で、なかなか小気味よい。
ダンサーは外部から雇っている。アクロバティックなダンスが最近巷で人気らしい。人間の流行などまったく興味はないが、私の方がもっと高く跳んだり跳ねたりできる!
「ま…どうでもいいか」リヒトは肩をすくめた。
執事たちが常連客に声をかけながら飲み物を配っている。リヒトとオプスキュリテは女主人のグレイスに従いながら、常連客に挨拶回りをしていた。
「本日はお招きありがとう!」
「グレイス、楽しませてもらっていますよ」
「……ありがとうございます」
お客様の挨拶にグレイスたちは丁寧に応じる。船上は和やかな雰囲気である。今年の舟遊びもまずまずの滑り出しだろう。
「今年はステージ上で演劇をお見せする予定です。お弁当を食べながら、役者さんの素晴らしいお芝居をお楽しみ下さいませ!」
グレイスが今年の舟遊びの趣向を説明している。アルテミスの顧客は上流客が多く、音楽や演劇などに造詣が深い。経済的な余裕があり、それだけ目が肥えているのだ。
舟遊びでは食事をしながら演劇や音楽を楽しめる。これが劇場との大きな違いだろう。一般に、劇場は飲食を禁止されていることが多い。
「アルテミスで用意されるお弁当は毎年とてもおいしいわ」
「お褒めにあずかり、ありがとうございます」
アルテミスで用意した弁当は、名の通った老舗店に注文しているお花見用の弁当だ。美味なだけでなく、見た目も美しいものである。
〈この私が手配したのだ、旨くなければ困るぞ!〉リヒトは自信満々だ。
花見に良い景観の場所で船が泊められ、錨を下ろす準備がされている。リヒトはお得意様であるディクスン伯爵令嬢をエスコートして、席に案内していた。ディクスン伯爵令嬢はワインレッドのドレスを身に着けて、レースのスカーフで首元を覆っていた。
「お茶とお菓子をお持ちしますか? それとも、果実酒か何かをご用意しましょうか?」
「そうね、お茶とお菓子をいただくわ」
「すぐお持ちします。少し風があるので、ひざ掛けをお使いください」
跪いて、リヒト自ら彼女の膝に丁寧にひざ掛けを広げる。船上なので思ったよりも風が強くなって、リヒトの長い赤毛も風に靡いている。
「…風が出てきたな」
リヒトは令嬢のスカーフが風に飛ばされないように、そして防寒になるようにと形を整えながら綺麗に蝶結びにした。その瞬間、船の外で大きな声が上がった。
「おい、場所を空けろ! 邪魔だ!」
「おい、除け除け!」
数人の男たちの怒鳴り声が聞こえる。
「のけ、のけ! のけ!」
「場所を譲れ!」
居丈高な声と、それに対する「おやめください、危険です!」という声。
なんだ? 余所の船とアルテミスが揉めているのか?
「……リヒト、隣の船が場所を空けさせようとしているのではなくて? お隣は貴族の船みたいだわ」
ディクスン令嬢が心配そうにリヒトを見つめてくる。
〈…まさか船争いか?〉
花祭りでの花見席の奪い合いは、もはや恒例行事のようなものだ。毎年、陸でも湖上でも場所取りの喧嘩が起きている。しかし、アルテミスが喧嘩を仕掛けられるのは初めてだ。
「大丈夫ですよ、ご心配なく」
リヒトは令嬢の肩に軽く手を置いて、彼女を慰めようとする。すると再び
「おい、除け除け!」という怒鳴り声と、「危険ですのでおやめください! お下がりください!」という押し問答が始まった。
アルテミス側で声を上げて対応しているのは、オプスキュリテの側近である男たちだ。声に聞き覚えがある。
「のけのけ! のけのけ!」
「おやめください、船がぶつかります! 危険ではございませんかっ!」
「だから、退けと言っている! 船を壊されたいのかーー!」
貴族の船では「のけ、のけ! のけ、のけ!」の大合唱が起きている。これは船を退けという意味と、船を除けてやるという二重の意味があるのだ。
あまりにも理不尽な言い様に、リヒトは激しい怒りを感じた。金色の瞳がギラギラと輝いてくる。
〈何が貴族だ! いい加減にしろっ! こいつら全員、まとめて引き裂いてやるか!〉
リヒトとオプスキュリテは【魔】ではない。しかし、ふたりともに強い霊力を持っている。その気になれば、こんな人間ごときに負けることはない。
ところが、リヒトの怒りとは裏腹にオプスキュリテは冷たい声で
「お客様に怪我をさせてはどうしようもない。仕方がないから船を動かしなさい…」
と水主たちに指示を出し始めた。
〈おい、オプスキュリテ! お前は本気か? あの程度の人数ならふたりで楽に片づけられるだろう?〉
リヒトは思わずオプスキュリテに【声】を掛ける。あんなクソどもに譲るなどと、リヒトには考えられない。
《リヒト、お前こそ本気か? ここで人間どもを襲う気なのか?》
〈お前に自信がないなら、私ひとりでも片づけてやる〉
瞳をギラギラさせるリヒトに対して、オプスキュリテがイヤイヤと頭を振る。
《リヒト、お前はここで何をする気だ? ギャラリーが多すぎるだろう。私のお客様も乗っている。この船で揉め事を起こさないでくれ! 私は血なまぐさいことはごめんだ。我らと違って、人間はか弱くて繊細だぞ!》
オプスキュリテの【声】が心に直接響いてくる。便利なことに、我らは心の中で会話ができるのだ。
リヒトはディクスン伯爵令嬢の青白くなった顔色をチラッと見て、小さく溜息をつく。こんなに怯えている彼女を、これ以上怖がらせることはできない。リヒトは女性には甘いのだ。
〈……了解した〉
私とオプスキュリテが暴れたら、船は大混乱になるだろう。うっかり忘れていたが、人間は意外とナイーブな生き物だったな。ディクスン伯爵令嬢のためだ、死んだ気で我慢しよう。
不承不承、アルテミスは船を移動させることにする。
そうはいっても、きっちり仕返しをしてやりたいので
「おい、オプスキュリテ。マストにぶら下げられた相手の紋章を覚えておくか?(意訳:船上でなければ、こいつらを●●しても良いだろう?)」
とリヒトがオプスキュリテにささやくと、げんなりした顔で「…バカなことはやめておけ」と言われる。
……えっ、ダメなのか? 何故だ?