禁死篇 ~成人前に亡くなったけど、異世界で元気にがんばってます。

グレイスと花火

「…というコトで、こちらはミニヨンではあまり手に入らない果実のようです」
 花の形に飾り切りしたフルーツを片手に、リヒトがディクスン伯爵令嬢から仕入れてきた情報を笑顔で報告する。

「まぁ…いい香り! とても珍しいものなのね?」
 柑橘類の爽やかな香りを嗅ぎながら、グレイスが答える。
「香りだけでなく、味も良いですよ! グレイスさま」
 リヒトが恭(うやうや)しくフルーツを差し出してくる。


 ミニヨンは小国で、交通網がほとんど整備されていない。大国と隣接している地域には珍しいものが入ってくるが、それをミニヨンに広く流通させるだけの国力がない。そのため、アウソニアの農産物などは珍しがられる。

「さすがアルテミスだと褒められたのですが、うちで仕入れた品物ではありません」
 リヒトはがっくりと肩を下げる。気分の振り幅が大きすぎる。ふざけているのか、本気なのか? グレイスの目にはリヒトの態度が芝居掛かって見えた。


「…そうなのですね」
 わたくしの気持ちを明るくしようと、リヒトはわざとふざけた態度を取っているのかしら? グレイスは苦笑する。

 差し入れの品で常連客の気持ちが引き立てられたのは、正直助かった。大型船が〈船争い〉の二隻の間に割り込んだのは、立場の弱いアルテミスを庇ってくれたに違いない。

 平民の場所は奪えても、立派な大型船で舟遊びをする貴族相手に喧嘩をしたがるはずがない。どう考えても、相手の方が格上なのだから。


 大型船はわざと間に割り込んで、「そんな下品な真似をするなら、私にやってみろ!」と言外にいっているのだ。みごとな権力の使い方ではないか。


(これが貴族のやり方なのね。お見事だわ…)

 グレイスは感心した。アルテミスを脅して場所を奪った中型船は、今は何事もなかったかのように振舞っている。まるで〈船争い〉など起きていないような態度だ。これもまた、貴族らしい振る舞いなのだろう。


「……差し入れをくださった大型船は、どちらのお貴族様なのかしら?」
 グレイスは挨拶に出て行って使いの者に家名を尋ねたのだが、『名乗るほどのことではございません』と言われてしまった。礼には及ばないということだろう。

「アウソニアのクリスティ公爵だそうです」
「まぁ、公爵様?」
「…だそうです」

 目を剝(む)くグレイスに、リヒトが事もなげに答える。リヒトにとっては貴族の身分などどうでもいいのだろう。公爵どころか、相手が王族でも気にも留めなそうに思える。リヒトの無関心そうな態度にグレイスは再度苦笑した。


「お客様たちも落ち着いたようなので、そろそろ演劇を始めましょうか? 開幕してもよろしいですか?」

 オプスキュリテがグレイスにお伺いを立ててくる。こちらもまた、騒ぎをあまり気にしていないようだ。芝居の開幕時間が遅れたことの方が、オプスキュリテには余程気になるらしい。


(……リヒトとオプスキュリテには敵(かな)わないわ)
 グレイスはにっこりと笑顔になる。

「そうね、開幕しましょう!」



 二時間近い芝居の間が、アルテミスの従業員のくつろげる時間になる。幕間にお茶と菓子を配膳する以外は、自分たちも弁当や菓子を食べながらゆっくり観劇できるのだ。

 メイドたちの間では横笛を習うことが流行っていて、船上で腕前を披露している。花祭りは上得意さまへの接待であると同時に、従業員たちの発表会の場でもあった。


「お芝居の後は、リヒト様と一緒に楽器の演奏もできるわ」
「がんばりましょう!」

 今年の舟遊びではリヒト派のメンバーでオリジナル曲を演奏する。今日のために、みんなで何ケ月も練習を続けてきた。わざわざ教師を招いて、イチから横笛の手ほどきも受けたのだ。

 音楽教師よりもリヒトの方が上手に思えたけれど、本人は「何事もプロから教えてもらえば間違いないだろう」とあっさりしている。

「お客様にご披露するのですから、習いたい者はこの機会に習うといいわ」

 グレイスは鷹揚(おうよう)で、習い事の掛かり(費用)を気にもしていない。オプスキュリテまで「楽隊の揃いの衣装を誂(あつら)えますか?」などと言い出した。

「アルテミスでは従業員が大切にされている!」
 彼らが口々に言うのはまったくその通りで、アルテミスで働くうちに教養や習い事が自然と身につくのだった。


 演劇が終幕して、リヒトとリヒト派のメンバーによる横笛の演奏会が終わると、そろそろ日が傾き始める。

 リヒト派の演奏は可憐で素晴らしかった。メイドたち全員がそれぞれソロで演奏するパートがあって、みんな誇らしそうな顔でがんばって演奏していた。

 リヒトは楽器を演奏しながら、アクロバットのように跳(と)んだり跳(は)ねたりしてみんなから歓声を浴びている。いつでもどんな時でも、リヒトは明るく目立ちたがりのリヒトだ。

(リヒト、やりすぎ! どうして楽器を演奏しながら跳び跳ねているの?)

 ノリノリのリヒトを見て、グレイスは頭を抱えたくなった。外から呼んだダンサーたちに対抗しているに決まっている。負けず嫌いにも程がある。



 バラ色の空に一番星が煌(きら)めいて、あっと言う間に空が明るさを失っていく。執事とメイドは「お風邪を召しませんように」と声をかけながら、お客さまにひざ掛けを配って回る。

「これから花火の打ち上げとなります。お楽しみくださいませ!」
 昼間よりも風が強くなっている。グレイスはリヒトに勧められて、ドレスとセットになっているレースの上着を一枚身に着けた。


 オプスキュリテと執事たちが船上花火を上げる準備を始める。今年はリヒト派の仲間たちが「出し物」をして、オプスキュリテ派の者たちが「花火の打ち上げ係」になっている。彼らは風向きを確かめ、場所を選んで準備している。


 オプスキュリテが魔石と霊力の籠った花火を打ち上げるのが見えた。花火を上げるのは霊力のある者の役割だ。グレイスは霊力を持っていないので詳しくないが、霊力をブースターにして花火を空に放り上げているらしい。

 最初の十発は極彩色の花火が上がる予定だ。これはおもに金運を上げる花火である。リヒトとオプスキュリテが用意したものだから、魔石は高品質のものに違いない。


 花火が打ち上げられると、意外なことに最初の一発目が隣のクリスティ船の上空で広がっていった。

(あ、オプスキュリテが大型船にお礼をしているんだわ)

 クリスティ公爵の術者が船を転移させたのと同じように、オプスキュリテも花火をクリスティ船の上空に転移させているのだろう。オプスキュリテは霊力を使って、アルテミス船の上空とクリスティ船の上空と交互に花火を上げている。

 花火は上空であがらないと【ご加護】が発動しない。自分の沖天で上がった花火だけが、魔力を発揮するのだ。


 花火のご加護を受けるには、上空で広がる花火に包まれて、その身に魔力を受けなければならない。魔力を受ける範囲に入らなければ、単に花火の〈美しさ〉を楽しむだけで終わってしまう。


 義理堅いオプスキュリテは、きっちりと大型船にお返しをした。彼がすっかり花火を打ち上げ終わって、グレイスたちのところに戻ってくる。

「はぁ、オプスキュリテは負けず嫌いにも程がある! クリスティの術者に対抗して、こちらも転移魔法を使うとは…。花見船は霊力のお披露目場所ではありません。グレイスさまもそう思われませんか?」

(リヒトが何やらブツブツ文句を言っていますね)
 何かにつけてオプスキュリテに対抗心を持つリヒトに、グレイスは思わず笑いをこぼす。リヒトは本当に負けず嫌いだわ。

 
 すると今度は、クリスティ船で花火を打ち上げ始めた。

 アルテミス船の上空で、極彩色の花火が広がっていく。しかも、今まで見たことのないような不思議な形をしている。


「オプスキュリテ、あれはお花じゃなくって?」
「……花のデザインの花火ですか?」

 グレイスが思わず夜空を指さして、オプスキュリテは驚いたような声をあげる。クリスティの船が、自分たちの花火をこちらに転移させているのに違いなかった。アルテミスの花火への返礼だろうか。


(それにしても、なんて変わった花火だろう?)
 グレイスは思わず息を飲む。夜空に花弁が広がっていくようなデザインや、まるで雨が降るような、糸を垂らしたようなデザインもある。夜空をカンバスにしてキラキラ光る絵を描いているみたい。

(こんな花火は初めて見る。……とても不思議な花火だけれど、なんて綺麗なの!)
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