禁死篇 ~成人前に亡くなったけど、異世界で元気にがんばってます。
兄上の親友 ③
「オリバーに縁談が持ち込まれているのを、ソフィアは知っているか?」
イサキオスが鼻をヒクヒクさせながら紅茶の香りを確認している。とうもろこしのヒゲのように艶のない髪と痩せこけた頬をみていると、ソフィアは(まるで老人みたい…)と呆れてしまう。
「オリバー様は女性に人気がありますから…」
お兄様と違って…という言葉を、ぐっと喉の奥に押し込む。
「お相手はクロフツ伯爵家のコンスタンツェさまだ」
「えっ、伯爵令嬢ですか⁉」
ソフィアの声が大きくなる。手にしていた茶器が、カチャンと大きく鳴ってしまった。
(わたくしとしたことが…。お行儀が悪いわ)
「ドイル家は男爵でしょう? クロフツとは家格が釣り合いませんわ」
「そこがオリバーのすごいところだ!」
何故かイサキオスがソファにふんぞり返って自慢げにしている。オリバーがどれほどモテたところで、イサキオスの功績ではないのだが。
(どうせこの情報だって親友のオリバー様ご本人ではなく、探偵か何かを使って手に入れたものでしょう…。イサキオス兄様ときたら、まるでオリバー様のストーカーね!)
イサキオスのオリバーへの執着に、ソフィアはめまいを感じる。
「女性が家格の上の者に嫁ぐことは珍しくもありませんけれど…。伯爵家から男爵家に嫁ぐなんて、わたくしの周囲では聞いたことがありませんわ。だって、身分が下がってしまいますもの」
「別に、ないわけではないだろう?」
兄はいまだに紅茶をクンクン嗅ぎながら、「いつもと匂いが違うな?」とチラッとこちらを見やる。
「わたくし、お兄様の命なんか狙っておりませんから、毒など盛りませんことよ?」
イサキオスを安心させようと、ソフィアは紅茶をひとくち飲んで見せる。
(…こうすれば、疑い深いイサキオスも手をつけるでしょう)
わたくしの様子をじっと観察していた兄が、恐る恐る自分の紅茶を口に運ぶ。
「没落した貴族が家格の下の貴族に嫁ぐことは、普通にあるではないか?」
イサキオスは長身をソファにあずけて、だらりと力を抜く。背は高いものの、筋肉がついていない身体は覇気がない。
「クロフツ伯爵家は、再開発地域に土地をたくさん持っています。没落どころか、むしろ爆上げ中ですわ!」
ソフィアは眉を上げ、目じりを怒らせた。イサキオスは探偵にクロフツ伯爵家の経済状況までは調べさせていないのでしょうか? あきらかに調査不足です。
「ほぅ…。コンスタンツェさまのところは絶賛爆上げ中か」
「貴族街の再開発は、百年に一度の都市計画といわれていますでしょう?」
「あぁ、私もだいぶ土地を購入したよ!」
イサキオスがティーカップを片手に何度も頷く。お母様のお気に入りの菫のカップだわ、落とさないといいけれど…。
「……土地を購入? お兄様が?」
「ああ」
ソフィアはゆっくりと首を傾げる。
……イサキオス兄様が不動産売買に興味を持つなんて? そんな馬鹿な⁉ 再開発で高騰しそうな不動産を購入しておくなどと、そんな常人のような行動をするはずがないわ!
「……もしや、希少な昆虫の生息地でもありまして?」
「そうなんだ、我が妹よ‼ 再開発で自然が失われてしまうと、昆虫たちの憩いの場が失われてしまうんだ。一度自然環境が破壊されてしまうと、回復するまでには長い時間が必要だ。…大変な損失だと思ってね!」
イサキオスは興奮した口調で喚き散らす。目にはうっすらと涙まで浮かんでいる。
(根っからの虫好き男、一ミリたりともブレませんわね)
「貴族街の中心部を買い占めるのはさすがに大変だったが、財産の三分の二ほどつぎ込んで、買いまくったよ!」
イサキオスの言葉を聞いて、紅茶を吹き出しそうになりました。財産の三分の二ですって?
「お、お兄様……」
「安心しろ、ソフィア。土地が高騰して、今は買値の十倍くらいになっている。だがあそこは昆虫たちのパラダイスだから、私は死ぬまで絶対に売らないぞ‼」
「………」
(昆虫たちのパラダイスを守る…。これは美談なのでしょうか?)
部屋中に飾られている昆虫標本(イサキオスのコレクション)を眺めながら、わたくしは思わず額を押さえます。コレクションの中でも、ひときわ大きな標本ケース。美しい木彫りの昆虫がデザインされたもの、それがドイル兄弟からイサキオスに贈られた卒業プレゼントです。
「素晴らしい標本ケースだろう? 昆虫好きの私でも、こんな珍しい物は見たことがないよ!」
わたくしの視線に気がついたのか、兄はお気に入りの品の自慢を始めます。確かに、こんな細密な昆虫レリーフの入った品物は見たことがありません。多分、アルテミスでも扱っていないでしょう。これがドイル兄弟ふたりの手作りだと知った時の驚きときたら!
壊れかけのカカシのようなお兄様でも、公爵家の「お世継ぎ様」です。三年前に貴族学院を卒業する際には、(それなりに)盛大なパーティーを催しました。家名に合わせたお祝いをしなければならないのです。
まことに不本意ながら、我が家は教科書に載るような功績を上げた名家ですから…。ほとんどの同級生は、お義理で参加していたに違いありませんけれど。
「ゲストをもてなすなんて、私にはできないぞ? どうする、どうする?」
ブツブツ呟く兄の隣で、わたくしは冷や汗を掻いていました。主役の兄に代わって、妹であるわたくしがパーティー会場を仕切らなくてはなりません。
わなわなと青くなっているわたくしを救ってくれたのが、ドイル家のオリバー様とサイラス様です。
卒業祝いと称してイサキオスに珍しい標本ケースをプレゼントしてくれ、社交嫌いの兄を引き立てながら、実に上手く立ち回ってくれました。
「弟のサイラスは手先が器用なんです。不器用な僕は、おもに彩色を担当しました!」
にっこりと笑うオリバー様の爽やかさ。女性に人気があるので、同級生たちとダンスをしたりして、場を盛り上げてもくれます。弟のサイラス様も素直で礼儀正しく、あっという間にみんなに可愛がられていました。
ドイル兄弟、只者ではありません! しかも素晴らしいことに、彼らは計算ずくではなく友情から行動してくれているのです。イサキオス兄様の友達とは思えない、素敵な方たちです。
お陰で兄の卒業パーティーは皆様にご好評をいただき、アシモフ家の家名を辱めることなく無事に終わりました。この一件以来、わたくしはオリバー様とサイラス様が大のお気に入りなのです。
「クロフツの財政が潤沢ならば、なおのことドイル家と釣り合わないのではございません?」
「……実は、コンスタンツェさまが伯爵家の爵位を継ぐという話もある」
兄はぐびっと紅茶を飲み干します。わたくしは少し身を乗り出しました。
イサキオスが鼻をヒクヒクさせながら紅茶の香りを確認している。とうもろこしのヒゲのように艶のない髪と痩せこけた頬をみていると、ソフィアは(まるで老人みたい…)と呆れてしまう。
「オリバー様は女性に人気がありますから…」
お兄様と違って…という言葉を、ぐっと喉の奥に押し込む。
「お相手はクロフツ伯爵家のコンスタンツェさまだ」
「えっ、伯爵令嬢ですか⁉」
ソフィアの声が大きくなる。手にしていた茶器が、カチャンと大きく鳴ってしまった。
(わたくしとしたことが…。お行儀が悪いわ)
「ドイル家は男爵でしょう? クロフツとは家格が釣り合いませんわ」
「そこがオリバーのすごいところだ!」
何故かイサキオスがソファにふんぞり返って自慢げにしている。オリバーがどれほどモテたところで、イサキオスの功績ではないのだが。
(どうせこの情報だって親友のオリバー様ご本人ではなく、探偵か何かを使って手に入れたものでしょう…。イサキオス兄様ときたら、まるでオリバー様のストーカーね!)
イサキオスのオリバーへの執着に、ソフィアはめまいを感じる。
「女性が家格の上の者に嫁ぐことは珍しくもありませんけれど…。伯爵家から男爵家に嫁ぐなんて、わたくしの周囲では聞いたことがありませんわ。だって、身分が下がってしまいますもの」
「別に、ないわけではないだろう?」
兄はいまだに紅茶をクンクン嗅ぎながら、「いつもと匂いが違うな?」とチラッとこちらを見やる。
「わたくし、お兄様の命なんか狙っておりませんから、毒など盛りませんことよ?」
イサキオスを安心させようと、ソフィアは紅茶をひとくち飲んで見せる。
(…こうすれば、疑い深いイサキオスも手をつけるでしょう)
わたくしの様子をじっと観察していた兄が、恐る恐る自分の紅茶を口に運ぶ。
「没落した貴族が家格の下の貴族に嫁ぐことは、普通にあるではないか?」
イサキオスは長身をソファにあずけて、だらりと力を抜く。背は高いものの、筋肉がついていない身体は覇気がない。
「クロフツ伯爵家は、再開発地域に土地をたくさん持っています。没落どころか、むしろ爆上げ中ですわ!」
ソフィアは眉を上げ、目じりを怒らせた。イサキオスは探偵にクロフツ伯爵家の経済状況までは調べさせていないのでしょうか? あきらかに調査不足です。
「ほぅ…。コンスタンツェさまのところは絶賛爆上げ中か」
「貴族街の再開発は、百年に一度の都市計画といわれていますでしょう?」
「あぁ、私もだいぶ土地を購入したよ!」
イサキオスがティーカップを片手に何度も頷く。お母様のお気に入りの菫のカップだわ、落とさないといいけれど…。
「……土地を購入? お兄様が?」
「ああ」
ソフィアはゆっくりと首を傾げる。
……イサキオス兄様が不動産売買に興味を持つなんて? そんな馬鹿な⁉ 再開発で高騰しそうな不動産を購入しておくなどと、そんな常人のような行動をするはずがないわ!
「……もしや、希少な昆虫の生息地でもありまして?」
「そうなんだ、我が妹よ‼ 再開発で自然が失われてしまうと、昆虫たちの憩いの場が失われてしまうんだ。一度自然環境が破壊されてしまうと、回復するまでには長い時間が必要だ。…大変な損失だと思ってね!」
イサキオスは興奮した口調で喚き散らす。目にはうっすらと涙まで浮かんでいる。
(根っからの虫好き男、一ミリたりともブレませんわね)
「貴族街の中心部を買い占めるのはさすがに大変だったが、財産の三分の二ほどつぎ込んで、買いまくったよ!」
イサキオスの言葉を聞いて、紅茶を吹き出しそうになりました。財産の三分の二ですって?
「お、お兄様……」
「安心しろ、ソフィア。土地が高騰して、今は買値の十倍くらいになっている。だがあそこは昆虫たちのパラダイスだから、私は死ぬまで絶対に売らないぞ‼」
「………」
(昆虫たちのパラダイスを守る…。これは美談なのでしょうか?)
部屋中に飾られている昆虫標本(イサキオスのコレクション)を眺めながら、わたくしは思わず額を押さえます。コレクションの中でも、ひときわ大きな標本ケース。美しい木彫りの昆虫がデザインされたもの、それがドイル兄弟からイサキオスに贈られた卒業プレゼントです。
「素晴らしい標本ケースだろう? 昆虫好きの私でも、こんな珍しい物は見たことがないよ!」
わたくしの視線に気がついたのか、兄はお気に入りの品の自慢を始めます。確かに、こんな細密な昆虫レリーフの入った品物は見たことがありません。多分、アルテミスでも扱っていないでしょう。これがドイル兄弟ふたりの手作りだと知った時の驚きときたら!
壊れかけのカカシのようなお兄様でも、公爵家の「お世継ぎ様」です。三年前に貴族学院を卒業する際には、(それなりに)盛大なパーティーを催しました。家名に合わせたお祝いをしなければならないのです。
まことに不本意ながら、我が家は教科書に載るような功績を上げた名家ですから…。ほとんどの同級生は、お義理で参加していたに違いありませんけれど。
「ゲストをもてなすなんて、私にはできないぞ? どうする、どうする?」
ブツブツ呟く兄の隣で、わたくしは冷や汗を掻いていました。主役の兄に代わって、妹であるわたくしがパーティー会場を仕切らなくてはなりません。
わなわなと青くなっているわたくしを救ってくれたのが、ドイル家のオリバー様とサイラス様です。
卒業祝いと称してイサキオスに珍しい標本ケースをプレゼントしてくれ、社交嫌いの兄を引き立てながら、実に上手く立ち回ってくれました。
「弟のサイラスは手先が器用なんです。不器用な僕は、おもに彩色を担当しました!」
にっこりと笑うオリバー様の爽やかさ。女性に人気があるので、同級生たちとダンスをしたりして、場を盛り上げてもくれます。弟のサイラス様も素直で礼儀正しく、あっという間にみんなに可愛がられていました。
ドイル兄弟、只者ではありません! しかも素晴らしいことに、彼らは計算ずくではなく友情から行動してくれているのです。イサキオス兄様の友達とは思えない、素敵な方たちです。
お陰で兄の卒業パーティーは皆様にご好評をいただき、アシモフ家の家名を辱めることなく無事に終わりました。この一件以来、わたくしはオリバー様とサイラス様が大のお気に入りなのです。
「クロフツの財政が潤沢ならば、なおのことドイル家と釣り合わないのではございません?」
「……実は、コンスタンツェさまが伯爵家の爵位を継ぐという話もある」
兄はぐびっと紅茶を飲み干します。わたくしは少し身を乗り出しました。