禁死篇 ~成人前に亡くなったけど、異世界で元気にがんばってます。
ミニヨンの花祭り ①
サイラスが暮らす国は、東西南北の四方をぐるりと大国に囲まれた小国である。領土の狭さそのまま、昔から小さな国と呼ばれている。
ミニヨンとは「小さい・可愛らしい」という意味で、いちおう美称である。しかし、暗に小国であることを揶揄する国名なのはハッキリしている。ミニヨンが自国をミニヨンと自称したのではなく、周囲の大国からそう呼ばれたことが国名の由来なのである。
「いよいよ花祭りが始まるか! 私は八年ぶりだから、すごく楽しみだな!」
ドイル家に滞在中の叔父上が、大きな体で猫のように伸びをしながら言う。ユウキは前世の僕と浅からぬ因縁を持つ人物だ。
ここら辺の事情を説明すると長くなるので、気になる人はページを遡って「僕の叔父さん①、②」を読んでくれたまえ。僕とユウキの秘密がわかるはずだ。
特に気にならない人は、サイラスとユウキは魂がふたつに分割された同一人物で、素晴らしい資質はすべて僕・サイラスの方に偏っていると覚えておけばいいと思う。実際その通りだからっ!
ユウキは毎日のように僕に錫杖術を伝授してくれて、今のところ師匠と弟子のような関係である。だけどそのうち、僕の実力がメキメキとあがって下剋上をする予定だ。
「霊力をあげるために死ぬ気でやれ! 毎日カッカラの素振り百回な!」
これは昨日僕がユウキに言われた台詞である。毎日スパルタ式でゴリゴリしごかれているから、「いつか下剋上してやる! 見てろよ!」なんて考えているわけではない。ユウキは僕のためにやってくれているんだろう……多分。
今日からミニヨンで恒例の花祭りが始まる。
「小さな国と呼ばれる我が国で、唯一自慢できるのが花祭りだからなぁ~」
「花祭りの時期だけは、観光客もたくさん来るね!」
居間でくつろぎながら、オリバーが自嘲気味に笑う。サイラスも同意して笑った。
ミニヨンは日本の北海道くらいの気候だろうか。厳しい冬のあとにくる優しい春は、ミニヨンの人びとには特別の意味を持つ。だから、花祭りはミニヨンで重要なお祭りである。
「花祭りにはシャーロッテも来るんだ。ふたりにもシャーロッテを紹介しよう。絵姿よりも美人だぞ!」
ユウキは盛大にニコニコしている。
(ほほぉ~? ユウキは愛妻家だなぁ…)
サイラスはニンマリする。ユウキは僕の分身みたいなものだ。がんばって幸せになってくれ! そして、優しい気持ちで僕のスパルタ指導を考え直してくれ。
「あの……シャーロッテさまもドイル家で寝起きなさるんでしょうか?」
ノラがおずおずと尋ねる。どうやら客用ベッドの数を心配しているようだ。公爵家のシャーロッテならば、従者の数も多いだろう。ドイル家にはそんなにたくさんのベッドはない。
「いや。シャーロッテたちは大人数で来るので、ここでは手狭になる。シャーロッテがいる間は、私もホテルに移る予定だ。彼女たちだけホテルに宿泊させるわけにはいかないよ。何か間違いが起きてからでは遅い」
「ミニヨン国内の犯罪のほぼすべてが、花祭りの期間に起きるという者もいるからな…」
「誇張されているとはいえ、あながち間違いでもありませんよ、父上。カーニバルの間はかなり治安が悪くなりますから!」
シオドアは溜息をつき、オリバーも相槌を打つ。
ミニヨンは治安の良い国だが、花祭りの時期はスリや置引きが増える。酔っぱらい同士の喧嘩も起きる。さらに、裕福な婦女子を連れ去るような不埒な誘拐事件も起きる。金品目的の誘拐と、女性そのものが目的の誘拐、その両方が起きるのだ。
「シャーロッテさまのような、人目につく美女は狙われやすいでしょう」
「シャーロッテさまに何かあったら、隣国と国際問題に発展しかねん。彼女はお隣の高位貴族だからな!」
父とオリバーが気を揉んでいる。ミニヨンの「お隣」は、どちらを向いても大国揃いだ。ミニヨンは常に隣国に気を遣いながら生きている。
ユウキのもとに何度も、シャーロッテから便りが届く。シャーロッテの手紙は手乗りサイズの可愛い小鹿が運んでくる。
もちろん、これは本物の小鹿ではない。霊力で使役される使い魔だ。全身金色の小鹿で、金粉を振りまきながら歩く。この金粉こそが霊力の塊らしい。
「ユウキ、わたくし空から行くことにします。陸路はとても混んでいるんですもの。…年に一度の花祭りが始まるのですから、仕方がありませんわね!」
使い魔の便りは〈音声〉でも〈手紙〉でも好きな形で再生できる。小鹿はメッセージを音声で伝えると、青い光と共にフワッと消えていく。
「……空から来るって? おいおい、護衛付きの馬車じゃないのか?」
ユウキは返事を送ろうと、紙製の依り代にフッと一回息を吹きかける。息を吹きかけられた依り代は、ふわりと宙に浮く。
「シャーロッテ、君はもしかしてヨクリュウで…」
ユウキが依り代に向かってメッセージを囁き始まると、宙に浮いた依り代が風もないのにその場でくるくる舞い始めた。
外でザザザーッと風が強く吹いた。天気が少し翳ったかと思われた瞬間、外からノラの甲高い悲鳴が聞こえる。
「きゃーーーー! ●×△●×△ーーー? きゃーーー!」
何を叫んでいるのか意味不明だが、金切り声という言葉がぴったりだった。ノラは玄関のドアをバタンと手荒く開けると、ダダダダッとすごい勢いで廊下を走ってくる。
「ユウキ様っ! オリバー様っ!」
「どうかした、ノラ?」
ソファに座っていたオリバーが急いで立ち上がる。ノラはガタガタ震えて、涙目になっている。
「魔獣の群れがっ! 空から魔獣の群れがやって来ます!」
サイラス、オリバーのふたりは居間から外に走った。ドアの近くにいたサイラスが真っ先に外へ飛び出す。ドイル家の上空を、尾の長い始祖鳥のような怪鳥がぐるぐると輪を描くように飛んでいる。
(コレが魔獣⁉ 尾が長い……怪鳥だ!)
サイラスとオリバーは呆気にとられて上空を見上げている。
怪鳥はぐるぐると輪を描きながら、少しずつ高度を下げてくる。目が慣れてくると、それが鳥ではなく翼竜だとわかる。鳥とは明らかに足の形が違う。
(うわぁ~、生きてる翼竜! もっと近くで見たいっ!)
サイラスは実のところ恐竜が好きなので、恐怖感と同時にワクワク感が拭えない。元の世界では、生きている恐竜や翼竜を目にする機会など絶対にないだろう。リアルにジュラシックパークの世界だ。
サイラスたちに遅れて、奥の自室からユウキが走って出てきた。
「…シャーロッテ? おい、シャーロッテか?」
ユウキが空に向かって手を振る。
大きく翼を広げた翼竜にハミと鐙と手綱がついていて、それぞれに人間が立ち乗りしている。手を振るユウキの姿を認めると、翼竜の集団は降下するスピードをグンと上げた。
あと数メートルで地上に着くというところで、一人の女性が呪文のようなものを唱えながら、地面に魔石をいくつか投げつける。
魔石がキラキラ光りながら地面に落ちると、あっという間に光が広がり、その光の中からシュルシュルと芽のようなものが伸びてきて、恐ろしいスピードで膨らんでいく。
(うわ、ジャックと豆の木みたい?)
魔石のひとつは大きな厩舎になり、残りの魔石はひとつに連なって膨らんで、立派な邸宅が出来上がっていった。
「シャーロッテ!」
「ユウキ様っ!」
緑色の翼竜から、ひらりと飛び降りた金髪の女性。彼女はガシッと力強くユウキに抱きついた。
麦の穂のような豊かな金髪を、丁寧に結いあげている。翼竜に乗るのに髪が邪魔だからだろう。
薄い空色の瞳で、二十代前半くらいに見える美女である。異世界に来てから見た女性の中で、最高クラスに美しいかもしれない。…まぁ、まだこの世界でそれほど女性を見ていないけど。
「ひどい混雑で、馬車ではとても進めません。ホテルの予約もどこもいっぱいでしたわ。わたくしもう面倒になってしまって、空いている土地に魔術具でお屋敷を建てたらいいと思いましたの。少しのあいだ土地を貸して下さいませ。帰るときには元に戻しておきます」
「……なるほど」
ユウキは苦笑している。
(へぇ~、この女性がユウキの……。すっごい美人!)
サイラスはオリバーに倣って、片足を後ろに引いてカーテシーに似た礼をとる。彼女はオリバーと僕を見ると、笑顔になった。
「あなたたち、オリバーとサイラスですね?」
「はい、シャーロッテさま」
「ここでは何だから、中に入りましょうか?」
シャーロッテはさっき魔石で出来あがったばかりの邸宅を手で示した。そして、自分が乗ってきた翼竜を厩舎に入れるように指示を出すと、サッサと歩き出す。
ミニヨンとは「小さい・可愛らしい」という意味で、いちおう美称である。しかし、暗に小国であることを揶揄する国名なのはハッキリしている。ミニヨンが自国をミニヨンと自称したのではなく、周囲の大国からそう呼ばれたことが国名の由来なのである。
「いよいよ花祭りが始まるか! 私は八年ぶりだから、すごく楽しみだな!」
ドイル家に滞在中の叔父上が、大きな体で猫のように伸びをしながら言う。ユウキは前世の僕と浅からぬ因縁を持つ人物だ。
ここら辺の事情を説明すると長くなるので、気になる人はページを遡って「僕の叔父さん①、②」を読んでくれたまえ。僕とユウキの秘密がわかるはずだ。
特に気にならない人は、サイラスとユウキは魂がふたつに分割された同一人物で、素晴らしい資質はすべて僕・サイラスの方に偏っていると覚えておけばいいと思う。実際その通りだからっ!
ユウキは毎日のように僕に錫杖術を伝授してくれて、今のところ師匠と弟子のような関係である。だけどそのうち、僕の実力がメキメキとあがって下剋上をする予定だ。
「霊力をあげるために死ぬ気でやれ! 毎日カッカラの素振り百回な!」
これは昨日僕がユウキに言われた台詞である。毎日スパルタ式でゴリゴリしごかれているから、「いつか下剋上してやる! 見てろよ!」なんて考えているわけではない。ユウキは僕のためにやってくれているんだろう……多分。
今日からミニヨンで恒例の花祭りが始まる。
「小さな国と呼ばれる我が国で、唯一自慢できるのが花祭りだからなぁ~」
「花祭りの時期だけは、観光客もたくさん来るね!」
居間でくつろぎながら、オリバーが自嘲気味に笑う。サイラスも同意して笑った。
ミニヨンは日本の北海道くらいの気候だろうか。厳しい冬のあとにくる優しい春は、ミニヨンの人びとには特別の意味を持つ。だから、花祭りはミニヨンで重要なお祭りである。
「花祭りにはシャーロッテも来るんだ。ふたりにもシャーロッテを紹介しよう。絵姿よりも美人だぞ!」
ユウキは盛大にニコニコしている。
(ほほぉ~? ユウキは愛妻家だなぁ…)
サイラスはニンマリする。ユウキは僕の分身みたいなものだ。がんばって幸せになってくれ! そして、優しい気持ちで僕のスパルタ指導を考え直してくれ。
「あの……シャーロッテさまもドイル家で寝起きなさるんでしょうか?」
ノラがおずおずと尋ねる。どうやら客用ベッドの数を心配しているようだ。公爵家のシャーロッテならば、従者の数も多いだろう。ドイル家にはそんなにたくさんのベッドはない。
「いや。シャーロッテたちは大人数で来るので、ここでは手狭になる。シャーロッテがいる間は、私もホテルに移る予定だ。彼女たちだけホテルに宿泊させるわけにはいかないよ。何か間違いが起きてからでは遅い」
「ミニヨン国内の犯罪のほぼすべてが、花祭りの期間に起きるという者もいるからな…」
「誇張されているとはいえ、あながち間違いでもありませんよ、父上。カーニバルの間はかなり治安が悪くなりますから!」
シオドアは溜息をつき、オリバーも相槌を打つ。
ミニヨンは治安の良い国だが、花祭りの時期はスリや置引きが増える。酔っぱらい同士の喧嘩も起きる。さらに、裕福な婦女子を連れ去るような不埒な誘拐事件も起きる。金品目的の誘拐と、女性そのものが目的の誘拐、その両方が起きるのだ。
「シャーロッテさまのような、人目につく美女は狙われやすいでしょう」
「シャーロッテさまに何かあったら、隣国と国際問題に発展しかねん。彼女はお隣の高位貴族だからな!」
父とオリバーが気を揉んでいる。ミニヨンの「お隣」は、どちらを向いても大国揃いだ。ミニヨンは常に隣国に気を遣いながら生きている。
ユウキのもとに何度も、シャーロッテから便りが届く。シャーロッテの手紙は手乗りサイズの可愛い小鹿が運んでくる。
もちろん、これは本物の小鹿ではない。霊力で使役される使い魔だ。全身金色の小鹿で、金粉を振りまきながら歩く。この金粉こそが霊力の塊らしい。
「ユウキ、わたくし空から行くことにします。陸路はとても混んでいるんですもの。…年に一度の花祭りが始まるのですから、仕方がありませんわね!」
使い魔の便りは〈音声〉でも〈手紙〉でも好きな形で再生できる。小鹿はメッセージを音声で伝えると、青い光と共にフワッと消えていく。
「……空から来るって? おいおい、護衛付きの馬車じゃないのか?」
ユウキは返事を送ろうと、紙製の依り代にフッと一回息を吹きかける。息を吹きかけられた依り代は、ふわりと宙に浮く。
「シャーロッテ、君はもしかしてヨクリュウで…」
ユウキが依り代に向かってメッセージを囁き始まると、宙に浮いた依り代が風もないのにその場でくるくる舞い始めた。
外でザザザーッと風が強く吹いた。天気が少し翳ったかと思われた瞬間、外からノラの甲高い悲鳴が聞こえる。
「きゃーーーー! ●×△●×△ーーー? きゃーーー!」
何を叫んでいるのか意味不明だが、金切り声という言葉がぴったりだった。ノラは玄関のドアをバタンと手荒く開けると、ダダダダッとすごい勢いで廊下を走ってくる。
「ユウキ様っ! オリバー様っ!」
「どうかした、ノラ?」
ソファに座っていたオリバーが急いで立ち上がる。ノラはガタガタ震えて、涙目になっている。
「魔獣の群れがっ! 空から魔獣の群れがやって来ます!」
サイラス、オリバーのふたりは居間から外に走った。ドアの近くにいたサイラスが真っ先に外へ飛び出す。ドイル家の上空を、尾の長い始祖鳥のような怪鳥がぐるぐると輪を描くように飛んでいる。
(コレが魔獣⁉ 尾が長い……怪鳥だ!)
サイラスとオリバーは呆気にとられて上空を見上げている。
怪鳥はぐるぐると輪を描きながら、少しずつ高度を下げてくる。目が慣れてくると、それが鳥ではなく翼竜だとわかる。鳥とは明らかに足の形が違う。
(うわぁ~、生きてる翼竜! もっと近くで見たいっ!)
サイラスは実のところ恐竜が好きなので、恐怖感と同時にワクワク感が拭えない。元の世界では、生きている恐竜や翼竜を目にする機会など絶対にないだろう。リアルにジュラシックパークの世界だ。
サイラスたちに遅れて、奥の自室からユウキが走って出てきた。
「…シャーロッテ? おい、シャーロッテか?」
ユウキが空に向かって手を振る。
大きく翼を広げた翼竜にハミと鐙と手綱がついていて、それぞれに人間が立ち乗りしている。手を振るユウキの姿を認めると、翼竜の集団は降下するスピードをグンと上げた。
あと数メートルで地上に着くというところで、一人の女性が呪文のようなものを唱えながら、地面に魔石をいくつか投げつける。
魔石がキラキラ光りながら地面に落ちると、あっという間に光が広がり、その光の中からシュルシュルと芽のようなものが伸びてきて、恐ろしいスピードで膨らんでいく。
(うわ、ジャックと豆の木みたい?)
魔石のひとつは大きな厩舎になり、残りの魔石はひとつに連なって膨らんで、立派な邸宅が出来上がっていった。
「シャーロッテ!」
「ユウキ様っ!」
緑色の翼竜から、ひらりと飛び降りた金髪の女性。彼女はガシッと力強くユウキに抱きついた。
麦の穂のような豊かな金髪を、丁寧に結いあげている。翼竜に乗るのに髪が邪魔だからだろう。
薄い空色の瞳で、二十代前半くらいに見える美女である。異世界に来てから見た女性の中で、最高クラスに美しいかもしれない。…まぁ、まだこの世界でそれほど女性を見ていないけど。
「ひどい混雑で、馬車ではとても進めません。ホテルの予約もどこもいっぱいでしたわ。わたくしもう面倒になってしまって、空いている土地に魔術具でお屋敷を建てたらいいと思いましたの。少しのあいだ土地を貸して下さいませ。帰るときには元に戻しておきます」
「……なるほど」
ユウキは苦笑している。
(へぇ~、この女性がユウキの……。すっごい美人!)
サイラスはオリバーに倣って、片足を後ろに引いてカーテシーに似た礼をとる。彼女はオリバーと僕を見ると、笑顔になった。
「あなたたち、オリバーとサイラスですね?」
「はい、シャーロッテさま」
「ここでは何だから、中に入りましょうか?」
シャーロッテはさっき魔石で出来あがったばかりの邸宅を手で示した。そして、自分が乗ってきた翼竜を厩舎に入れるように指示を出すと、サッサと歩き出す。