禁死篇 ~成人前に亡くなったけど、異世界で元気にがんばってます。
ミニヨンの花祭り ②
「なんだ、お前たちは私の留守中にシャーロッテさまとお茶をいただいたのか? 私ひとり除け者ではないか」
所用で外出していたシオドアが、サイラス、オリバー、ユウキの顔を羨ましそうに見やった。
「あちらからお菓子は持ってきましたから、お茶と一緒に召し上がってください」
本気で拗ねているシオドアに、ユウキはちょっと苦笑している。
ノラは翼竜ショックでまだ青白い顔をしているが、シオドアのためにお茶の準備を始めた。根っから働き者らしい。
「旦那さま、シャーロッテさまは魔獣に乗って来られたんですよ。私はてっきり、ドイルのお屋敷が魔獣に襲われるかと思いました。ミニヨンでは、あんな大きな魔獣は見かけませんもの!」
「ま、魔獣に乗って? シャーロッテさまが?」
シオドアは魔獣という言葉に目を白黒させている。オリバーとサイラスは「ドイルのお屋敷」というノラの大袈裟な言葉にニヤニヤしている。ドイル家は貴族とは思えないような古くてコンパクトな家なのだ。
「父上、シャーロッテさまの翼竜は厩舎に繋がれています。魔獣なので特別な餌が必要だそうです。魚のすり身に、魔石を配合するんですよ!」
ドイル家には馬がいないので、厩舎もない。今ある厩舎はシャーロッテが一時的に魔石で作ったものだ。好奇心旺盛なオリバーは、その厩舎まで翼竜を見に行ったのだ。そして、シャーロッテの小姓が餌やりするところを実際に見てきたらしい。
「雄の翼竜は緑色で、雌の翼竜は赤い色の肌をしています! 瞳は美しい金色で、とっても賢そうな生き物ですよ!」
オリバーはすっかり翼竜に夢中だ。
恐竜好きのサイラスは「僕も行きたかった! 餌やりが見たい!」と羨ましくてしかたない。オリバーが厩舎で翼竜を堪能している間、サイラスはユウキに錫杖術の手ほどきを受けてしごかれていた。「翼竜を見に行くと知っていたら、オリバーに同行したのに!」といまさら涙目だ。
「翼竜を見るのは今回が初めてです! 立ち乗りするのが普通なのでしょうか?」
オリバーはペットの子犬を欲しがる子供のような顔になっている。ドイル家で翼竜を飼うには金銭的ハードルが高そうだが、オリバーは興味津々だ。
「隣国では立ち乗りスタイルが標準らしいな。野生の翼竜は、海に住んでいる魔魚を餌にしているらしい。餌に魔石を混ぜるのは、そのためだろうよ」
シオドアはオリバーたちのために翼竜を飼ってあげられないのを残念に思っている顔つきだ。
「立ち乗りはドレス姿の女性でもできるので、楽な面もある。馬のように跨ると、女性は着替えが必要になるだろう? ミニヨンには翼竜はいないから、婿入りするまで私も見たことがなかったな。本の中以外では…」
シオドアの言葉に、ユウキも続ける。
「翼竜は神経質なので、人の立ちいらないような孤島を選んで巣を作るんだ。そして魔魚を食べながら、雌雄つがいで子育てする。ナイーブな性格だから、成獣になってからでは決して人間に懐かないといわれている。だから卵を盗んで、小さい頃から育てて人間に懐かせるんだよ」
「えっ、魔獣の卵を盗むの⁉」
サイラスがビックリすると、ユウキはあっさり言う。
「……卵泥棒…エッグハンターって職業があるくらいだ」
ノラが温かいお茶とシャーロッテの土産のお菓子を皿に盛って置くと、シオドアがねぎらいの言葉をかける。
「ノラ、恐ろしい魔獣に驚いただろう? 折悪く留守にしていて、申し訳なかったね…」
「シャーロッテさまは、明日はお花見をなさるそうです。お誘いを受けたので、父上もぜひご一緒しませんか?」
オリバーがシャーロッテからの招待状を見せる。先ほどお茶をした時にいただいたものだ。
「シャーロッテさまは船を仕立てたそうです!」
「…えっ、船を?」
花祭り期間に船を貸し切りにするのが、ミニヨン貴族たちの憧れである。四方を大国に囲まれたミニヨンは、近隣国と違って海がない。それだけに、ミニヨンの人びとの舟遊びへの憧れはとてつもなく大きい。花祭りになると湖に船を浮かべて、咲き乱れた花々を楽しむのだ。
「舟遊びだぞ、サイラス!」
「オリバー、僕たちすごく貴族っぽいね?」
オリバーとサイラスはふたりでキャッキャとはしゃぎ合う。ユウキは「兄上、八年ぶりなのですから、絶対にご一緒してください!」とシオドアを誘った。
舟遊びとあって、さすがにシオドアも目を輝かせている。
花見船には「貸し切り」と「乗り合い」の二種類があって、貴族や裕福な商人は船を貸し切りに仕立てる。対して一般庶民は、乗り合いで安上がりに舟遊びをする。貴族は平民と一緒の乗り合い船には乗らない。貴族にとって、舟遊びはいささかお金の掛かる遊びだ。
それだけに舟遊びはドイル家には縁遠い遊びで、今回を逃したら、もう二度と舟遊びなどできないかもしれない。
「隣国アウソニアは海がありますから、クリスティ公爵は船を持っていらっしゃるそうです。今回はそれを運んで来たそうですよ。楽しみですね!」
「船を運んで来たって? どうやって運んだんだろうか?」
「シャーロッテさまは霊力を使ったんでしょう。僕はあの大きなお屋敷にも驚きましたから…」
サイラスもシオドアと同じように首を傾げた。
「外出先から戻って、我が家の隣に立派なお屋敷が建っているのを見たら、本当に我がドイルなのか自信が持てなくなったからなぁ…」
シオドアは気弱に笑っている。翼竜に乗ったシャーロッテが魔石を投げて屋敷を出現させるところを見たら、父上はどれくらい慌てただろうか。…外出していて良かったのかもしれないよ。
「坊ちゃまたち、明日はどんなお召し物でお出かけなさいますか?」
珍しくノラがふたりの服装を気にしているので、サイラスは驚いた。ノラがそんなことを口にするのは珍しい。
「…オリバー、舟遊びだから、おしゃれをするべきなの?」
(もしかして、豪華客船みたいなドレスコードあり?)
サイラスが慌てると、オリバーが笑って手を振る。
「違うよ、サイラス。舟遊びだから寒いんじゃないかってこと。ほら、船に乗ると陸よりも風が吹くだろう? ノラが心配しているのは、私たちが風邪をひいたりしないかってことだよ!」
「あぁ」とサイラスは頷く。やっぱりノラは優しいね。
「僕はどんな服を着たらいい? 花祭りだから、冬っぽいものはダメだよね?」
「別に悪くはないけど、花のお祭りだから春らしい装いがいいよ!」
兄弟ふたりで明日着ていく服で悩むなんて、何だか楽しいな。異世界の行事も意外といいものだね!
舟遊び当日は、美しく晴れ渡った。この温かい陽気なら、たくさんの花の開花が期待できそうだ。
「生まれて初めての舟遊びで、ずいぶん豪華な船に乗ることになったな…」
シオドアがまたもや気弱な発言をしている。クリスティ家の持ち船は、湖水に浮かべるには不似合いなくらい立派な船だったのだ。
「皆さま、これがクリスティ公爵家の誇る『タイタニック号』です!」
シャーロッテがニコニコ笑いながら、大きな声で紹介する。
(……ヤバい、なんか変なフラグが立ってないか?)
サイラスの頭の中に、セリーヌ・ディオ…の朗々とした歌声が流れ始める。あまりにも有名なあの曲が…。
(タイタニックって、「あのタイタニック」だよな? 二十世紀初頭に処女航海で沈没した船の名前だよな? たしか、氷山に衝突して…)
「……ユウキ、あの船、タイタニック号とか言ってるんだけど?」
サイラスは青い顔になって、ユウキを横目で睨む。
「あぁ、私が命名したんだ。大丈夫! このタイタニックはもう処女航海を終えているから!」
ユウキがニヤニヤ笑いながら、サイラスの脇腹を軽く小突く。
「サイラス、どうですか? 我がタイタニック号は素晴らしいでしょう!」
「………」
シャーロッテは何だかおかしな「決めポーズ」まで作っている。どうせ彼女にやらせているのはユウキだろうけれど、この人、正統派美人のくせに行動があまりにも個性的すぎるだろ! 巫女のありがたみが半減するから、やめてくれ!
船の甲板は綺麗に磨きあげられていて、ピカピカで気分がいい。そして、船首とマストの二箇所に、クリスティ家とドイル家の家紋を染め抜いた旗が掲げられている。
「……ドイルの旗か。初めての舟遊びでこのような…」
タイタニック号に掲げられたドイル家の家紋を見つけた瞬間、シオドアは途方に暮れるように溜息をついた。馬の一頭さえ持っていないドイル家が、貸し切り船に家紋つきの旗をはためかせるとは。
タイタニック号にはしっかり厨房があり、シェフも雇われていて、船上で温かい料理や飲み物を提供することができる。
下働きの人びとによって、食材らしき荷物もたくさん運び込まれていた。
船が出向する際に、シャーロッテの小姓たちが大きな木箱を甲板まで運んできた。彼らは全員が揃いの赤いスカーフを首に巻いている。寒さ除けだろうか? みんなが快活にきびきび動いているのは、今日の舟遊びを楽しみにしているのだろう。
シャーロッテとユウキが「オリバー、サイラス、出港の音楽が流れ始めたら、小姓と一緒にこれを岸に向かって投げなさい」と指示を出してくる。
木箱の中には、オレンジに似た果実がぎっしり詰まっていた。柑橘系の甘酸っぱい香りが周囲に漂っている。別の木箱の中には、薄いレースの布に包まれたキャンディのようなお菓子が入っていた。
「船の安全を願って、出港するときに見物人たちにご祝儀を投げるのです!」
シャーロッテは笑いながら「あなたたちは優先的に、子供に投げてあげて下さいね」とオリバーとサイラスにささやく。
(出航の合図は銅鑼の音ではなく音楽か、新幹線みたいだな!)
楽師たちが小ぶりの竪琴でゆったりと音楽を奏で始める。指に何かを装着して、打楽器を演奏する者もいたが、肩に掛けて使う小さい楽器である。
船上のためか、ピアノのような大きな楽器を演奏する者は見当たらない。指揮者の姿もなかった。
オリバーとサイラスは岸辺に立っている子供たちに向けて、キャンディやフルーツを投げた。シャーロッテの小姓たちも同じように、岸に向けてキャンディーとフルーツを放り投げている。
サイラスは子供たちに向けて投げていたが、小姓たちは大人子供の区別なく、まんべんなく投げているようだ。
「こっちにお菓子をください!」とか、「フルーツを投げてください!」と欲しいものをリクエストする子もいて、意外と楽しい。
子供たちはキャーキャーと歓声を上げながら、上手にキャッチしている。
シャーロッテは風を避けるようにレースのスカーフを頭からすっぽり被って、首元で巻いて綺麗な花の形に結んでいる。
今日着ているドレスは水色と青を基調にして、春らしい小花柄が散っている。ユウキの着ている服も水色と青を基調にしていて、夫婦でリンクコーデをしているようだ。
岸と船がかなり離れてしまうと、お菓子も何も届かないので、オリバーもサイラスも投げるのをやめてしまった。
するとシャーロッテが「縁起ものですから、ふたりもお土産に持って帰ってください」と言って、小姓が布袋に詰めたキャンディとフルーツを渡してくれる。
「この果物は何ていうんですか? ミニヨンでは見掛けないものです」
サイラスが訊くと、ユウキがシャーロッテの横から「ノブコだよ!」と答える。ノブコというのは、前世の僕らの母親の名前である。
「えっ、ノブコ?」
「私が命名した。クリスティ家が品種改良したフルーツだから、我が家に命名権があるんだ!」
オレンジに似た果実を手にしながら、ユウキが満足そうに笑う。
「ユウキが命名した美しい果実です。お味も甘くておいしいのです!」
シャーロッテも満足そうに微笑む。
……あぁ、そうですか。このふたり、いわゆる似た者夫婦ってやつじゃないかな?
所用で外出していたシオドアが、サイラス、オリバー、ユウキの顔を羨ましそうに見やった。
「あちらからお菓子は持ってきましたから、お茶と一緒に召し上がってください」
本気で拗ねているシオドアに、ユウキはちょっと苦笑している。
ノラは翼竜ショックでまだ青白い顔をしているが、シオドアのためにお茶の準備を始めた。根っから働き者らしい。
「旦那さま、シャーロッテさまは魔獣に乗って来られたんですよ。私はてっきり、ドイルのお屋敷が魔獣に襲われるかと思いました。ミニヨンでは、あんな大きな魔獣は見かけませんもの!」
「ま、魔獣に乗って? シャーロッテさまが?」
シオドアは魔獣という言葉に目を白黒させている。オリバーとサイラスは「ドイルのお屋敷」というノラの大袈裟な言葉にニヤニヤしている。ドイル家は貴族とは思えないような古くてコンパクトな家なのだ。
「父上、シャーロッテさまの翼竜は厩舎に繋がれています。魔獣なので特別な餌が必要だそうです。魚のすり身に、魔石を配合するんですよ!」
ドイル家には馬がいないので、厩舎もない。今ある厩舎はシャーロッテが一時的に魔石で作ったものだ。好奇心旺盛なオリバーは、その厩舎まで翼竜を見に行ったのだ。そして、シャーロッテの小姓が餌やりするところを実際に見てきたらしい。
「雄の翼竜は緑色で、雌の翼竜は赤い色の肌をしています! 瞳は美しい金色で、とっても賢そうな生き物ですよ!」
オリバーはすっかり翼竜に夢中だ。
恐竜好きのサイラスは「僕も行きたかった! 餌やりが見たい!」と羨ましくてしかたない。オリバーが厩舎で翼竜を堪能している間、サイラスはユウキに錫杖術の手ほどきを受けてしごかれていた。「翼竜を見に行くと知っていたら、オリバーに同行したのに!」といまさら涙目だ。
「翼竜を見るのは今回が初めてです! 立ち乗りするのが普通なのでしょうか?」
オリバーはペットの子犬を欲しがる子供のような顔になっている。ドイル家で翼竜を飼うには金銭的ハードルが高そうだが、オリバーは興味津々だ。
「隣国では立ち乗りスタイルが標準らしいな。野生の翼竜は、海に住んでいる魔魚を餌にしているらしい。餌に魔石を混ぜるのは、そのためだろうよ」
シオドアはオリバーたちのために翼竜を飼ってあげられないのを残念に思っている顔つきだ。
「立ち乗りはドレス姿の女性でもできるので、楽な面もある。馬のように跨ると、女性は着替えが必要になるだろう? ミニヨンには翼竜はいないから、婿入りするまで私も見たことがなかったな。本の中以外では…」
シオドアの言葉に、ユウキも続ける。
「翼竜は神経質なので、人の立ちいらないような孤島を選んで巣を作るんだ。そして魔魚を食べながら、雌雄つがいで子育てする。ナイーブな性格だから、成獣になってからでは決して人間に懐かないといわれている。だから卵を盗んで、小さい頃から育てて人間に懐かせるんだよ」
「えっ、魔獣の卵を盗むの⁉」
サイラスがビックリすると、ユウキはあっさり言う。
「……卵泥棒…エッグハンターって職業があるくらいだ」
ノラが温かいお茶とシャーロッテの土産のお菓子を皿に盛って置くと、シオドアがねぎらいの言葉をかける。
「ノラ、恐ろしい魔獣に驚いただろう? 折悪く留守にしていて、申し訳なかったね…」
「シャーロッテさまは、明日はお花見をなさるそうです。お誘いを受けたので、父上もぜひご一緒しませんか?」
オリバーがシャーロッテからの招待状を見せる。先ほどお茶をした時にいただいたものだ。
「シャーロッテさまは船を仕立てたそうです!」
「…えっ、船を?」
花祭り期間に船を貸し切りにするのが、ミニヨン貴族たちの憧れである。四方を大国に囲まれたミニヨンは、近隣国と違って海がない。それだけに、ミニヨンの人びとの舟遊びへの憧れはとてつもなく大きい。花祭りになると湖に船を浮かべて、咲き乱れた花々を楽しむのだ。
「舟遊びだぞ、サイラス!」
「オリバー、僕たちすごく貴族っぽいね?」
オリバーとサイラスはふたりでキャッキャとはしゃぎ合う。ユウキは「兄上、八年ぶりなのですから、絶対にご一緒してください!」とシオドアを誘った。
舟遊びとあって、さすがにシオドアも目を輝かせている。
花見船には「貸し切り」と「乗り合い」の二種類があって、貴族や裕福な商人は船を貸し切りに仕立てる。対して一般庶民は、乗り合いで安上がりに舟遊びをする。貴族は平民と一緒の乗り合い船には乗らない。貴族にとって、舟遊びはいささかお金の掛かる遊びだ。
それだけに舟遊びはドイル家には縁遠い遊びで、今回を逃したら、もう二度と舟遊びなどできないかもしれない。
「隣国アウソニアは海がありますから、クリスティ公爵は船を持っていらっしゃるそうです。今回はそれを運んで来たそうですよ。楽しみですね!」
「船を運んで来たって? どうやって運んだんだろうか?」
「シャーロッテさまは霊力を使ったんでしょう。僕はあの大きなお屋敷にも驚きましたから…」
サイラスもシオドアと同じように首を傾げた。
「外出先から戻って、我が家の隣に立派なお屋敷が建っているのを見たら、本当に我がドイルなのか自信が持てなくなったからなぁ…」
シオドアは気弱に笑っている。翼竜に乗ったシャーロッテが魔石を投げて屋敷を出現させるところを見たら、父上はどれくらい慌てただろうか。…外出していて良かったのかもしれないよ。
「坊ちゃまたち、明日はどんなお召し物でお出かけなさいますか?」
珍しくノラがふたりの服装を気にしているので、サイラスは驚いた。ノラがそんなことを口にするのは珍しい。
「…オリバー、舟遊びだから、おしゃれをするべきなの?」
(もしかして、豪華客船みたいなドレスコードあり?)
サイラスが慌てると、オリバーが笑って手を振る。
「違うよ、サイラス。舟遊びだから寒いんじゃないかってこと。ほら、船に乗ると陸よりも風が吹くだろう? ノラが心配しているのは、私たちが風邪をひいたりしないかってことだよ!」
「あぁ」とサイラスは頷く。やっぱりノラは優しいね。
「僕はどんな服を着たらいい? 花祭りだから、冬っぽいものはダメだよね?」
「別に悪くはないけど、花のお祭りだから春らしい装いがいいよ!」
兄弟ふたりで明日着ていく服で悩むなんて、何だか楽しいな。異世界の行事も意外といいものだね!
舟遊び当日は、美しく晴れ渡った。この温かい陽気なら、たくさんの花の開花が期待できそうだ。
「生まれて初めての舟遊びで、ずいぶん豪華な船に乗ることになったな…」
シオドアがまたもや気弱な発言をしている。クリスティ家の持ち船は、湖水に浮かべるには不似合いなくらい立派な船だったのだ。
「皆さま、これがクリスティ公爵家の誇る『タイタニック号』です!」
シャーロッテがニコニコ笑いながら、大きな声で紹介する。
(……ヤバい、なんか変なフラグが立ってないか?)
サイラスの頭の中に、セリーヌ・ディオ…の朗々とした歌声が流れ始める。あまりにも有名なあの曲が…。
(タイタニックって、「あのタイタニック」だよな? 二十世紀初頭に処女航海で沈没した船の名前だよな? たしか、氷山に衝突して…)
「……ユウキ、あの船、タイタニック号とか言ってるんだけど?」
サイラスは青い顔になって、ユウキを横目で睨む。
「あぁ、私が命名したんだ。大丈夫! このタイタニックはもう処女航海を終えているから!」
ユウキがニヤニヤ笑いながら、サイラスの脇腹を軽く小突く。
「サイラス、どうですか? 我がタイタニック号は素晴らしいでしょう!」
「………」
シャーロッテは何だかおかしな「決めポーズ」まで作っている。どうせ彼女にやらせているのはユウキだろうけれど、この人、正統派美人のくせに行動があまりにも個性的すぎるだろ! 巫女のありがたみが半減するから、やめてくれ!
船の甲板は綺麗に磨きあげられていて、ピカピカで気分がいい。そして、船首とマストの二箇所に、クリスティ家とドイル家の家紋を染め抜いた旗が掲げられている。
「……ドイルの旗か。初めての舟遊びでこのような…」
タイタニック号に掲げられたドイル家の家紋を見つけた瞬間、シオドアは途方に暮れるように溜息をついた。馬の一頭さえ持っていないドイル家が、貸し切り船に家紋つきの旗をはためかせるとは。
タイタニック号にはしっかり厨房があり、シェフも雇われていて、船上で温かい料理や飲み物を提供することができる。
下働きの人びとによって、食材らしき荷物もたくさん運び込まれていた。
船が出向する際に、シャーロッテの小姓たちが大きな木箱を甲板まで運んできた。彼らは全員が揃いの赤いスカーフを首に巻いている。寒さ除けだろうか? みんなが快活にきびきび動いているのは、今日の舟遊びを楽しみにしているのだろう。
シャーロッテとユウキが「オリバー、サイラス、出港の音楽が流れ始めたら、小姓と一緒にこれを岸に向かって投げなさい」と指示を出してくる。
木箱の中には、オレンジに似た果実がぎっしり詰まっていた。柑橘系の甘酸っぱい香りが周囲に漂っている。別の木箱の中には、薄いレースの布に包まれたキャンディのようなお菓子が入っていた。
「船の安全を願って、出港するときに見物人たちにご祝儀を投げるのです!」
シャーロッテは笑いながら「あなたたちは優先的に、子供に投げてあげて下さいね」とオリバーとサイラスにささやく。
(出航の合図は銅鑼の音ではなく音楽か、新幹線みたいだな!)
楽師たちが小ぶりの竪琴でゆったりと音楽を奏で始める。指に何かを装着して、打楽器を演奏する者もいたが、肩に掛けて使う小さい楽器である。
船上のためか、ピアノのような大きな楽器を演奏する者は見当たらない。指揮者の姿もなかった。
オリバーとサイラスは岸辺に立っている子供たちに向けて、キャンディやフルーツを投げた。シャーロッテの小姓たちも同じように、岸に向けてキャンディーとフルーツを放り投げている。
サイラスは子供たちに向けて投げていたが、小姓たちは大人子供の区別なく、まんべんなく投げているようだ。
「こっちにお菓子をください!」とか、「フルーツを投げてください!」と欲しいものをリクエストする子もいて、意外と楽しい。
子供たちはキャーキャーと歓声を上げながら、上手にキャッチしている。
シャーロッテは風を避けるようにレースのスカーフを頭からすっぽり被って、首元で巻いて綺麗な花の形に結んでいる。
今日着ているドレスは水色と青を基調にして、春らしい小花柄が散っている。ユウキの着ている服も水色と青を基調にしていて、夫婦でリンクコーデをしているようだ。
岸と船がかなり離れてしまうと、お菓子も何も届かないので、オリバーもサイラスも投げるのをやめてしまった。
するとシャーロッテが「縁起ものですから、ふたりもお土産に持って帰ってください」と言って、小姓が布袋に詰めたキャンディとフルーツを渡してくれる。
「この果物は何ていうんですか? ミニヨンでは見掛けないものです」
サイラスが訊くと、ユウキがシャーロッテの横から「ノブコだよ!」と答える。ノブコというのは、前世の僕らの母親の名前である。
「えっ、ノブコ?」
「私が命名した。クリスティ家が品種改良したフルーツだから、我が家に命名権があるんだ!」
オレンジに似た果実を手にしながら、ユウキが満足そうに笑う。
「ユウキが命名した美しい果実です。お味も甘くておいしいのです!」
シャーロッテも満足そうに微笑む。
……あぁ、そうですか。このふたり、いわゆる似た者夫婦ってやつじゃないかな?