感情が味で分かる令嬢は、偽りの愛を見抜きます~婚約者は腐った生ゴミ味、冷酷な第二王子は極上の味でした~【短編】

「……んか! アルトゥール殿下!」

 シャルロッテの呼び声で、アルトゥールはハッと我に返る。見下ろすと、切羽詰まったような表情のシャルロッテが、彼を見つめていた。

「あぁ……。悪い」

「殿下が動揺なさるのは仕方のないことですわ。ですが、ご安心ください。わたくしに考えがありますの。殿下は絶対にワインを口にしないでくださいましね」

「待て、君が危険な目に遭うのでは――」

 シャルロッテはアルトゥールが制止する間もなく、ワイングラスを握った右手を高く掲げて、朗々と声を張り上げた。

「紳士淑女の皆様ぁ〜っ! ご注目くださいませ〜っ!!」

 にわかに、水を打ったように場内が静まり返った。第一王子の婚約者に相応しい、淑女の鑑と言われる侯爵令嬢の大音声に、貴族たちは驚きを隠せなかった。

「おいっ」

 アルトゥールが小声でシャルロッテを咎めるが、彼女は行動を()めなかった。

「本日は素敵な催しがございますの! これから第一王子殿下と第二王子殿下が兄弟として和睦の(さかずき)をいたしますわぁ〜っ!」

 少しの静寂のあと、会場内に割れんばかりの拍手が鳴り響いた。王位継承が原因で内乱が起こるのではないかと危惧する者も多かったのだ。

「シャルロッテ! 一体、どういうことだっ!?」

 次の瞬間、腐敗した味の洪水がシャルロッテを襲った。
 どろどろに腐った空気に目を向けると、エドゥアルトが目を吊り上げ顔を真っ赤にして彼女のもとへ近づいてきたのだ。

「あらぁ〜、主役がいらっしゃいましたわ〜。皆様、どうか盛大な拍手を!」

 再び大きな拍手が沸き起こる。既にこの空間は、シャルロッテが支配していた。

「本日の和睦は、こちらのエドゥアルト第一王子殿下のご発案ですわ。殿下はこの日のために、アルトゥール第二王子殿下が生まれた年の貴腐ワインをご用意されたのです!」

「っ……!」

 エドゥアルトの肩がビクリと震えた。
 そして、みるみる顔が青白くなっていく。

 シャルロッテはにこりと微笑むと、給仕に空のワイングラスを持ってくるよう命じた。
 彼女はグラスを持った両手を顔の前に伸ばし、パフォーマンスをおこなうように空のグラスに半分移した。

「やはり同じワインを飲むことが重要ですわね」

 シャルロッテは琥珀色の液体の輝くワイングラスを、第一王子と第二王子の眼前に差し出した。

「どうぞ?」

 アルトゥールは、にこやかにグラスを受け取る。
 一方、エドゥアルトは俯き加減で身体を小刻みに震わせていた。

「エドゥアルト様? どうなされたのですか?」

 シャルロッテは大仰に首を傾げながら、婚約者の顔を覗き込んだ。
 国の未来を明るく照らすめでたい場であるはずなのに、微動だにしない第一王子に貴族たちはざわつき始める。

「わたくし、エドゥアルト様の寛容な御心に感動したのです。不仲が噂されたお二人が、ついに手を取り合うなんて、なんて素晴らしいことでしょう! この国の未来も、きっと輝かしいものになりますわ」

「私も嬉しく思います、兄上。さぁ、共に祝杯をあげようではありませんか!」

 シャルロッテの意図をすぐに理解したアルトゥールは、嬉しそうに声を弾ませてグラスを高く掲げた。
 その瞬間、貴族たちは再び盛り上がり、わっと歓声を上げる。

「あ、あぁ……」

 エドゥアルトはぎこちなく頷くが、頑なにグラスを受け取ろうとはしなかった。

「さぁ、どうぞ?」

 痺れを切らしたシャルロッテが、強引にグラスをエドゥアルトの手の中に収めた。すると、自然と大きな拍手が起こる。
 だが第一王子は、まるで蝋人形のように固まったままだった。

 アルトゥールが一歩前に踏み出し、素知らぬ顔で再び乾杯の音頭を取ろうとする。

「私は、この日をどんなに待ちわびたことだろうか。兄上が王位を継承し、私が支え、共に国を発展させる。素晴らしいことだ!」

 第二王子の事実上の王位継承辞退宣言に、貴族たちの興奮は最高潮に達した。波濤のような盛り上がりが、ホール中に響き渡る。

 血筋は良いが、諸々問題のある第一王子。
 血筋は悪いが、優秀な第二王子。
 互いに欠けているものを補うことによって、国政は安泰するだろう……と。

「では、我々王族と、我が国の栄誉を願って……乾杯!!」

 乾杯――と、貴族たちの声が重なった。
 アルトゥールがグラスを口元に近づけ、シャルロッテがぎょっとして目を大きく見開いた次の瞬間。

 ――ガシャアァァァンッッ!!

 エドゥアルトは手元のグラスを勢いよく床にぶつけて叩き割った。

 大ホールは、しんと水を打ったように静まり返る。貴族たちの熱気は一気に下がり、冷ややかな視線が第一王子に注がれていた。

 エドゥアルトは悔しそうに拳を握って、貴腐ワインで濡れた床を睨み付けている。その様子を見て、シャルロッテは深くため息を付いた。

 失望と軽蔑。
 彼女は、己の選択は間違えていなかったと確信した瞬間だった。

 少しの沈黙のあと、シャルロッテは意を決したようにきりりと顔を引き締めて真正面を見た。

「実は、わたくしはエドゥアルト様から、こちらのワインをアルトゥール様だけ(・・)に飲ませるように言われていたのです。……この中には、毒薬が入っておりますわ」


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