リーガル・ラブ〜イケメン弁護士はお堅い彼女のハートを盗みたい〜
「なんかさ、時間によっての業務が決まってきて、気持ちも身体も慣れたよね」
夏希とそんなふうに話しながら、優香は日々の仕事を楽しんでいた。
誰もが顔と名前を覚えてくれ「戸倉さん」や「優香ちゃん」と声をかけてくれる。
最近では立ち話をすることも多く、日中に女性たちから「サークルを作ろうと思って」と相談を受けていた。
「サークル、ですか?」
「そう。私はパッチワークが趣味なんだけど、ご近所さんに『私もやってます』って人がいてね。他にもマンション内にいると思うのよ。せっかくだからみんなで集まってやった方が楽しそうじゃない?」
「それは素敵ですね。皆様がお知り合いになる良いきっかけにもなりますし、繋がりができるのはとてもいいと思います。コミュニティ棟のお部屋を使えば、気軽に集まれそうですしね」
「そうなの。でもサークルってどうやって立ち上げればいいの?」
訊かれて優香は提案する。
「まずは入居者様専用アプリの掲示板に載せてみるのがよろしいかと。あとは、ちらしやポスターを作ってもいいかもしれません」
「でもポスターをあちこちに貼ったり、ちらしを配ったりしてはいけない決まりでしょ?」
ハイグレードなマンションのため、景観や雰囲気を壊すようなことは禁止されているが、コンシェルジュに託してもらえれば専用のラックにちらしを置いたり、適切な場所にポスターを貼るといった対応は可能だと伝えた。
「そうなのね、知らなかった。じゃあ作ってみるわ。できあがったら優香ちゃんに渡せばいい?」
「はい、コンシェルジュの誰でも結構ですのでお渡しください。こちらで認証のスタンプを押してから配架いたしますね」
「ありがとう! 早速作ってみるわ」
そうやって1つのサークルが立ち上がると、次々に「私も作りたい!」と声が上がった。
「優香ちゃん、茶道のサークルを作ってみたいの」
ある日、70代の女性からそんな相談を受けて優香は提案する。
「でしたら興味のある方に呼びかけて、コミュニティ棟の水屋のある和室で一度集まってみてはいかがですか? そこで皆様と話をしてみて、よさそうなら正式に立ち上げるという流れがよろしいかと」
「そうね。でも私、ちらしを作りたくてもパソコンとか使えなくて」
「わたくしでよければお手伝いさせていただきます」
「本当? 助かるわ。ありがとう!」
何種類かラフなデザインを作って見せ、そこから選んでもらって日時を入れて印刷する。
コミュニティ棟の受付カウンターのラックや情報掲示板に貼ると、申し込みが相次いだ。
「みなさんとおしゃべりしながらやってみたら楽しくて! 定期的に活動しましょうってことになったの」
「そうなのですね、よかったです。サークル名や活動日時など、詳しいことが決まりましたらアプリに登録も可能ですので」
「あら、そうなの?」
「はい。次々と色々なサークルが立ち上がっていますので、新たにサークル情報をまとめたフォルダを作ることになりました」
「まあ、それは楽しみね。私、カラオケサークルも作りたいわ」
「ぜひ! このマンションが楽しみであふれたお住まいになれば素敵ですものね」
カウンター越しにそんな話をしていると、女性はゴソゴソと手にしたバッグの中を探り始めた。
「優香ちゃん、これあげる。栗がまるごと入ったどら焼きなの」
「えっ、いいんですか? 美味しそう!」
「美味しいのよー。もう1ついる? 優香ちゃんにはいつもお世話になってるものね」
「いいえ、これで充分です。いただきますね、ありがとうございます」
その時、コミュニティ棟のエントランスの自動ドアが開いて男性が入って来た。
「こんにちは、いらっしゃいませ」
明るく声をかけた優香は、思わず「あ……」と小さく呟く。
入って来たのは壮志で、会うのはかれこれ半月ぶりだった。
「こんにちは」
そう返事をした壮志の目線が優香の手元に移る。
優香はもらったばかりの栗まるごとどら焼きを、両手で大切に持っていた。
ハッとして優香は慌てて手を下げる。
「じゃあね、優香ちゃん。そのどら焼き、早めに食べてね。美味しかったらまた持って来るわ」
ご丁寧にそう言ってご婦人が去り、入れ違いに壮志が近づいて来た。
「予約せずに申し訳ない。ミーティングルームは空いてるかな? テレワークに使いたくて」
優香は居住まいを正して答える。
「ミーティングルームですね、かしこまりました。すぐに手配いたします。一番小さなお部屋でよろしいでしょうか?」
「ああ、できれば夕方まで使いたい」
「承知いたしました」
カタカタと端末を操作しながら、優香は内心ドキドキしていた。
(どら焼きもらったの、見つかったよね。何か言われる? あ、賄賂の受け取りだと思われてたらどうしよう)
気持ちを落ち着かせるように深呼吸してから顔を上げる。
「お待たせいたしました。1番のミーティングルームを17時まで、古賀様のお名前で押さえました。ドアはスマートフォンを近づけるだけで解錠されます。何かお飲物やお食事をお届けしましょうか?」
「ではカフェのアイスコーヒーとクラブハウスサンドをお願いしようかな」
「承知いたしました。オーダーしてあとでお届けに上がります」
「ありがとう」
そこで会話は終わったのに、なぜか壮志は考え込むように佇んだままだった。
優香の緊張感が高まる。
(もしや……。やっぱり私、法に触れたの?)
沈黙に耐えきれなくなり、優香は口を開いた。
「あの、古賀様。どら焼きは確かに受け取ってしまいましたが、だからと言って見返りに何かを要求された訳ではありませんし、わたくしはどなたに対しても同じように接する所存であります。ですから決して、その、賄賂といった類ではなくてですね……」
言い訳がましくなってしまい、これはこれでよくないのかと思い直す。
「いえ、素直に認めます。わたくしはあのご婦人からどら焼きを受け取ってしまいました。申し訳ありません」
「どうして謝る? 受け取ってはいけない決まりでもあるの?」
「ございません。そうなのです、実はそんな規則はございません。かつて古賀様に虚偽の報告をしたことも謝罪いたします。それからお礼を申し上げるのが大変遅くなりましたが、クロックマダムとアイスカフェモカの差し入れも、本当にありがとうございました。大変美味しくいただきました」
そうなの?と、何やら驚いたように訊かれて優香は首をすくめる。
「あの、受け取ってはいけなかったでしょうか?」
「いや、食べてもらえたのならよかった。それじゃあ」
ノートパソコンを小脇に抱えて颯爽とエレベーターホールに向かう壮志の後ろ姿を、優香はやや呆然としながら見送った。
夏希とそんなふうに話しながら、優香は日々の仕事を楽しんでいた。
誰もが顔と名前を覚えてくれ「戸倉さん」や「優香ちゃん」と声をかけてくれる。
最近では立ち話をすることも多く、日中に女性たちから「サークルを作ろうと思って」と相談を受けていた。
「サークル、ですか?」
「そう。私はパッチワークが趣味なんだけど、ご近所さんに『私もやってます』って人がいてね。他にもマンション内にいると思うのよ。せっかくだからみんなで集まってやった方が楽しそうじゃない?」
「それは素敵ですね。皆様がお知り合いになる良いきっかけにもなりますし、繋がりができるのはとてもいいと思います。コミュニティ棟のお部屋を使えば、気軽に集まれそうですしね」
「そうなの。でもサークルってどうやって立ち上げればいいの?」
訊かれて優香は提案する。
「まずは入居者様専用アプリの掲示板に載せてみるのがよろしいかと。あとは、ちらしやポスターを作ってもいいかもしれません」
「でもポスターをあちこちに貼ったり、ちらしを配ったりしてはいけない決まりでしょ?」
ハイグレードなマンションのため、景観や雰囲気を壊すようなことは禁止されているが、コンシェルジュに託してもらえれば専用のラックにちらしを置いたり、適切な場所にポスターを貼るといった対応は可能だと伝えた。
「そうなのね、知らなかった。じゃあ作ってみるわ。できあがったら優香ちゃんに渡せばいい?」
「はい、コンシェルジュの誰でも結構ですのでお渡しください。こちらで認証のスタンプを押してから配架いたしますね」
「ありがとう! 早速作ってみるわ」
そうやって1つのサークルが立ち上がると、次々に「私も作りたい!」と声が上がった。
「優香ちゃん、茶道のサークルを作ってみたいの」
ある日、70代の女性からそんな相談を受けて優香は提案する。
「でしたら興味のある方に呼びかけて、コミュニティ棟の水屋のある和室で一度集まってみてはいかがですか? そこで皆様と話をしてみて、よさそうなら正式に立ち上げるという流れがよろしいかと」
「そうね。でも私、ちらしを作りたくてもパソコンとか使えなくて」
「わたくしでよければお手伝いさせていただきます」
「本当? 助かるわ。ありがとう!」
何種類かラフなデザインを作って見せ、そこから選んでもらって日時を入れて印刷する。
コミュニティ棟の受付カウンターのラックや情報掲示板に貼ると、申し込みが相次いだ。
「みなさんとおしゃべりしながらやってみたら楽しくて! 定期的に活動しましょうってことになったの」
「そうなのですね、よかったです。サークル名や活動日時など、詳しいことが決まりましたらアプリに登録も可能ですので」
「あら、そうなの?」
「はい。次々と色々なサークルが立ち上がっていますので、新たにサークル情報をまとめたフォルダを作ることになりました」
「まあ、それは楽しみね。私、カラオケサークルも作りたいわ」
「ぜひ! このマンションが楽しみであふれたお住まいになれば素敵ですものね」
カウンター越しにそんな話をしていると、女性はゴソゴソと手にしたバッグの中を探り始めた。
「優香ちゃん、これあげる。栗がまるごと入ったどら焼きなの」
「えっ、いいんですか? 美味しそう!」
「美味しいのよー。もう1ついる? 優香ちゃんにはいつもお世話になってるものね」
「いいえ、これで充分です。いただきますね、ありがとうございます」
その時、コミュニティ棟のエントランスの自動ドアが開いて男性が入って来た。
「こんにちは、いらっしゃいませ」
明るく声をかけた優香は、思わず「あ……」と小さく呟く。
入って来たのは壮志で、会うのはかれこれ半月ぶりだった。
「こんにちは」
そう返事をした壮志の目線が優香の手元に移る。
優香はもらったばかりの栗まるごとどら焼きを、両手で大切に持っていた。
ハッとして優香は慌てて手を下げる。
「じゃあね、優香ちゃん。そのどら焼き、早めに食べてね。美味しかったらまた持って来るわ」
ご丁寧にそう言ってご婦人が去り、入れ違いに壮志が近づいて来た。
「予約せずに申し訳ない。ミーティングルームは空いてるかな? テレワークに使いたくて」
優香は居住まいを正して答える。
「ミーティングルームですね、かしこまりました。すぐに手配いたします。一番小さなお部屋でよろしいでしょうか?」
「ああ、できれば夕方まで使いたい」
「承知いたしました」
カタカタと端末を操作しながら、優香は内心ドキドキしていた。
(どら焼きもらったの、見つかったよね。何か言われる? あ、賄賂の受け取りだと思われてたらどうしよう)
気持ちを落ち着かせるように深呼吸してから顔を上げる。
「お待たせいたしました。1番のミーティングルームを17時まで、古賀様のお名前で押さえました。ドアはスマートフォンを近づけるだけで解錠されます。何かお飲物やお食事をお届けしましょうか?」
「ではカフェのアイスコーヒーとクラブハウスサンドをお願いしようかな」
「承知いたしました。オーダーしてあとでお届けに上がります」
「ありがとう」
そこで会話は終わったのに、なぜか壮志は考え込むように佇んだままだった。
優香の緊張感が高まる。
(もしや……。やっぱり私、法に触れたの?)
沈黙に耐えきれなくなり、優香は口を開いた。
「あの、古賀様。どら焼きは確かに受け取ってしまいましたが、だからと言って見返りに何かを要求された訳ではありませんし、わたくしはどなたに対しても同じように接する所存であります。ですから決して、その、賄賂といった類ではなくてですね……」
言い訳がましくなってしまい、これはこれでよくないのかと思い直す。
「いえ、素直に認めます。わたくしはあのご婦人からどら焼きを受け取ってしまいました。申し訳ありません」
「どうして謝る? 受け取ってはいけない決まりでもあるの?」
「ございません。そうなのです、実はそんな規則はございません。かつて古賀様に虚偽の報告をしたことも謝罪いたします。それからお礼を申し上げるのが大変遅くなりましたが、クロックマダムとアイスカフェモカの差し入れも、本当にありがとうございました。大変美味しくいただきました」
そうなの?と、何やら驚いたように訊かれて優香は首をすくめる。
「あの、受け取ってはいけなかったでしょうか?」
「いや、食べてもらえたのならよかった。それじゃあ」
ノートパソコンを小脇に抱えて颯爽とエレベーターホールに向かう壮志の後ろ姿を、優香はやや呆然としながら見送った。