リーガル・ラブ〜イケメン弁護士はお堅い彼女のハートを盗みたい〜
「その日は職場で外国籍スタッフの飲み会があったんだ。俺は彼女を、楽しんでおいでと送り出し、せっかくだから今のうちにと残業をこなした。帰宅した時には深夜の1時を回っていて、玄関に彼女の靴があるのを見てホッとした。だけどその横に、俺のではない男性の靴もあったんだ。誰か友人を部屋に上げたのかと思ってリビングに行ったけど誰もいない。彼女の名前を呼びながら、自然に隣の部屋のドアを開けたんだ。その瞬間まで全く彼女を疑いもせずに。だからベッドに二人並んで横になっている光景をしばらく理解できなくて、ただ呆然と立ち尽くしたよ。物音で目が覚めた二人が、シーツに包まりながら俺の方を向いた時、頭をガツンと殴られた気がした。その男は、俺が仕事で誰よりも頼りにしていた、いわば親友だったから」

優香はたまらず、グッとこぶしを握りしめる。
涙が込み上げてきて懸命にこらえた。

「そいつが言うには、飲み会で酔っ払った彼女が心配で、マンションまで送って来たんだと。寝室に運んで……、お互い酔った勢いでそのままってことだろうな。俺は部屋を飛び出して、車であちこち走りながら、何とか冷静になろうとした。でも考えているうちに、知りたくなかったことまで悟ってしまった。彼女は本気で俺を愛していたんじゃない。日本人の俺と結婚することで取得できる、配偶者ビザがほしかっただけなんだろうなと」
「まさか……。彼女がそう言ったのですか?」

思わずそう尋ねる声がかすれる。

「いや。彼女自身もそのつもりはなかったのかもしれない。だけど以前からずっと、今の就労ビザでは認められた職種でしか働けないことに愚痴をこぼしていた。潜在意識の中で、俺とならドライで割り切った結婚ができると思っていたんじゃないか……そう考えたら色々なことが腑に落ちたんだ。結婚式も指輪も両親への挨拶もいらない。新居も構えなくていいけど、今の自分の部屋は時々一人になりたいから借りたままにしておきたい。そう言っていた彼女の言葉が」

壮志はふと視線を上げて遠くに目をやった。

「今になってわかったけど、彼女もきっと俺が恋愛や結婚に対してドライだと思っていたんだろうな。その後の話し合いでは、一度の浮気ぐらいでどうしてそこまで怒るのかって不思議がられたよ。結婚を取りやめるほどのことなのかって。あなたも恋とか愛とかにはそんなにこだわりないはずでしょうって」
「そんな……。たとえ自分がドライで割り切った関係だと思っていても、相手まで同じだと思うなんて」

理不尽さに思わずそう言うと、壮志は優香を振り返って淡々と続けた。

「仕方ないよ、彼女は俺の愛情を信じられなかったんだろう。俺に愛されていると思えなかった。そこは俺にも非がある。難しいな、恋愛って。それに友情もだ。慰謝料を請求するつもりはないと言ったら、その念書を書かされた。何と言うか、クールだよな、考え方が。俺は親友と婚約者を同時に失ったんだ」
「そんな、そんなことって……」

優香の目から涙があふれ、壮志は驚いたように顔を覗き込む。

「どうして君が泣くんだ?」
「だって、胸が締めつけられて。ごめんなさい」

慌てて指先で涙を拭うと、壮志が優しく微笑んだ。

「ありがとう。それにごめん、君にこんな話をしてしまって。俺はただ君に、感謝の気持ちを伝えたかっただけなんだ」
「え? それは、どういう?」
「確かにあの時は落ち込んで、自暴自棄にもなった。少しでも早く引越したくて、ホームページを見ただけで今のマンションを買おうと決めた。賃貸ではなく、ここでずっと一人で暮らしていこうと。人生に楽しさや幸せを期待せず、ただ淡々と日々を過ごそうと思っていた。だけど今は全く別の気持ちだ。ささやかな毎日がこんなにもかけがえのないものに思えるなんて。きれいな青空の下で海を眺める時間が、とても贅沢に感じる。仕事のあとに寝に帰るだけのつもりだったマンションが、今は居心地のよい俺の帰るべき場所だと思える。それは全部、君のおかげなんだよ」

ゆっくりと諭すような壮志の口調に、優香は涙が止まらなくなった。

「ごめん、こんなに泣かせてしまうとは。俺は本当にもう大丈夫なんだ。だからそんなに気にしなくていい」
「でも……、心の傷はそう簡単には消えないですよね?」
「そう思っていたけど、君の笑顔が俺を癒やしてくれた。君といると、穏やかで明るい気持ちになる。女の子ってこんなに魅力的なんだと、初めて思ったよ。婚約者だった彼女の言葉は、結果として当たっている。自分では彼女を愛していたつもりだったけど、そうではなかったんだ。今ならわかる。俺はまだ本当の恋愛を知らないと」

そして壮志は優香を正面から見つめた。

「君と恋をしてみたい。まだ愛とは呼べなくても、二人で時間を重ねていきたい。君の色んな表情を俺だけに見せてほしいんだ。君を誰にも渡したくない。誰かに対してそう思ったのは初めてだ。戸倉さん、俺とつき合ってくれ」

優香が何も言えないでいると、壮志は腕を伸ばして優香の目尻に残った涙をそっと指先で拭った。

「心優しい君といると、自分があるべき姿を教えられている気がするんだ。けど、年が離れた俺となんか、つき合えない?」
「そんなことは……」
「仕事中の君は惚れ惚れするほどかっこよくて、今日の君は守ってあげたくなるほど可愛らしい。そんなふうに思うのも許されない?」
「でもあなたはマンションの住人で、私はコンシェルジュです」
「それが何か問題? 法にだって触れていないよ」
「ですが、その、職権乱用とか身分不相応とか、そういう類ではありますよね?」
「いや、どういう類? 俺は好きな人に好きと伝えただけだ。今の素直な君の気持ちを聞かせてほしい」

私は……と優香は口ごもる。

「私は考えられません。職場の方と個人的なおつき合いをすることは、コンシェルジュとしての私の心構えに反するからです」

壮志は困ったように小さく息をついた。

「その心意気は見上げたものだけど、そこまで思う必要はないはずだよ。例えば誰か他のスタッフが住人とつき合うことになったら、その人は責められるの?」
「いいえ」
「それなら君も同じだよ。何も後ろめたいことはないし、もちろん違法でもない」
「ですが、どうしても私の中の決まりには違反するんです」
「やれやれ、筋金入りの強情さだ。そんなところも好きなんだけど。よし、今日のところはわかった。けど俺は諦めないからね。君に好きだと伝え続ける。君が自分の中の法律を変えるくらい、俺に惚れさせればいいんだろ?」
「それは、治外法権とか?」
「そう、心の治外法権。君の中で俺を特別な存在にしてみせるよ。覚悟してな」

そう言って壮志は不敵な笑みを浮かべた。
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