そこに愛は?
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――「ナツ、この前も日向君と喋ってなかった?」
書類を届けに階段を下りてきた舞華が、夏樹のデスクへ立ち寄った。
「日向君って最近、ナツの周りをうろうろしてない?」
日向の背中を眺めながら険しい顔で言う。
さっきまで日向が夏樹のそばにいたからだろう。
「そう? たまたまだと思うけど」
夏樹は胸を張って言った。
職場では普通の同僚だ。
業務以外の会話は特にしていなかった。
だから『偽装恋愛』がバレるはずもない。
「私の勘違い?」
「だと思うよ」
「うーん」
舞華は納得がいかない様子で首を傾げている。
夏樹は「それより」と強引に話題を変えた。
「今日あたりどう?」とジョッキを持ったジェスチャーをする。
「いいね!」
舞華はすぐに乗ってくれた。
……やった!
と内心ガッツポーズをする。
少しずつ光琉との別れを消化しているけれど、ひとりの時間はまだ辛かった。
「じゃあまた後でね」
舞華を見送ってキーボードに手を戻す。
「……」
隣の席では、琴音がずっとうずうずした様子を見せていた。
琴音が『夏樹と日向の関係』を探りたがっていることは、ここ数日の視線から痛いほど伝わってきたが、職場で噂が立つのは日向も望んでいないはずなのだ。
「琴音ちゃん、違うからねっ」
なにも言われていないが、夏樹は釘を刺した。
琴音は口を尖らせて、えー、とかなんとか言ってきたが、スルーした。
……もう一度『周りの目に気をつけて』って、日向君に言ってみよう。
そんなことは意識しないだろう最強メンタルの日向に再三繰り返すのも気が引ける。だが、そろそろ周囲の勘ぐりも無視できなくなってきた。
――こほんっ、
小さく咳払いをして、パソコンの画面に意識を集中させようとした時、
「結城さん、これなんですけど」
再び日向がやってきた。
緊急性ゼロ、重要度弱、のほっといても差支えのない案件だった。
「……これは今、特に処理しなくていいです」
書類を日向に戻す。
そのやり取りを、琴音が好奇心いっぱいに見ている。
!
夏樹はとうとう痺れを切らした。
日向は、夏樹が自分に下心を持たないからと『偽装恋愛』を頼んできた。その延長線で仕事のことも、夏樹には聞きやすいのだろう――それは分かっている。
だが誤解されて煩わしいことになるのは日向の方だ。
手の中の書類を見ている日向に、口元に片手を添えた。
日向がすぐに気づいて、夏樹の方に身を倒した。
「――日向君、あとでメールするからねっ」
夏樹は低い声で、唸るように告げた。
「……うん」
そしたら日向はなぜだかはにかんで、筋張った手で口元を触りながら離れていった。
『きゃー』
琴音が声に出さずに口を開けて、エアで叫んだ。しかも身を乗り出したものだから、その拍子に椅子から前のめりに転がり落ちそうになった。
「おっと……」
夏樹はすかさず片膝を折って受け止めた。
両手で脇の下をしっかりと支える。
「せ、先輩、ありがとうございます。……落ちると思った、焦ったあ」
幼児のような無防備な恰好の琴音を、そっと椅子に戻した。
「まったく。落ち着いて」
夏樹は立ち上がり、制服のスカートのすそを払った。
「っていうか、先輩、反射神経良すぎません」
琴音が両手を組んで夏樹に祈りを捧げている。
「よく言われる」
さらりと肯定した。
幼い頃の事情を話したら引かれるだろうから、そこで話題を切り上げる。
「さあ。仕事して」
「はあい」
今度こそ、琴音は好奇心を閉じ込めたようだった。