そこに愛は?


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 定時退社後、舞華とふたりで行きつけの小料理屋へ向かった。
 普段はカウンター席に座るのだが、今日はどちらともなくテーブル席へ進んだ。

「おつかれ」
「かんぱーい」 
 好きなメニューを数品ずつ注文し、ビールを喉に流し込んだ。

 慣れ親しんだ店だからだろうか、時間の経過も待たず溜め込んでいた本音がぽろり、ぽろり、と零れていた。

「もう光琉(あいつ)のことは平気?」
 ジョッキを置いた舞華が、切り出してくれた。
 舞華は今日、話を聞くつもりで誘いに乗ってくれたのだろう。
 夏樹はそれに甘えた。
 もうひとりで抱えたくなかった。
「平気な時もある。でもつらい時もあるよ」
 正直に言った。
「うん、うん」
 舞華が立ち上がって、テーブル越しに夏樹の肩を力強く抱き寄せた。
 
「いつか光琉と結婚するんだろうなって思ってたから、急に未来が見えなくなった感じがして」
 言葉が溢れてきた。
 今まで誰にも相談できなかった。
 光琉が周囲に説明してくれるのを待っていたこの数週間、ひとりの夜の記憶はどこかぼやけている。何も考えなくても済むように、浴びるほどアルコールを体内に入れて、映画を流し続け、気絶するように眠るだけの夜。
 
「光琉はずっと悩んで考えてたのかもしれないけど……私にとっては、突然の話だったから」
「本当にひどい男だよ、あいつは……っ」
 舞華が悔しそうに唸った。
「馬鹿正直に話すことが誠実な証だと思ってるなんて」
「……そうだよね」
 頷きながらも、じゃあ、なんて言われて振られたら傷が浅くて済んだのだろうか、と考えると、きっと、どんな理由であっても地獄のようだっただろうなと思う。

「おかわり、同じのでいい?」
 舞華が空のジョッキを掲げ、店員を呼ぶ。
 夏樹の前にすぐに四杯目がやってきた。
 
「すぐに受け入れられたの……?」
 舞華の泣きそうな声につられそうになった。
「……」
 別れを切り出された日のことを瞼の裏に浮かべた。
 胸を突いたのは拒絶反応だった。裏切りのショックと哀しみで震えが止まらなかった。
 勝手に、涙が頬を伝ったし。
「受け入れられなかったよ。でも黙って、見送った」
 光琉も泣いていた。床に頭を擦りつけながらずっと謝られた。
 そんな風にされたら、縋ることも、怒ることもできなかった。
 あまりにも自分が惨めで。
 
「一番は……、私がね、去っていく男を追いたくなかった」
 勇気がなかったのか、プライドが邪魔をしたのか、今でもよく分からない。
「夏樹、えらかったよ」
「そうかな、弱いだけじゃないかな」
「強がりも、強さだよ!」
 舞華の言葉が傷ついた心に沁み込んでいく。
 今日だけは慰められるがまま、舞華の肯定を細胞の隅々に行き渡らせよう――そうさせてもらおう。

「――うん。私はがんばった」
 夏樹は確認するように呟いた。
 そして頭の中で、うずくまる自分を抱きしめた。
 この先、光琉に会ってももう大丈夫かもしれないと、感じた。

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