同期のエリート警察官に、偽装彼女を頼まれました



 食事を終える頃、百合子から「この後、お買い物に行かない?」と誘われた。
 夏樹は「はい、ぜひ!」と即答した。
 この夢のような時間がまだ続くことが嬉しかった。
 
 百合子と並んで店を出て――夏樹は思わず息を止めた。
 駐車場に、日向が立っていた。
 
 
「――!」
 夏樹の心臓が一気に跳ねた。
 デニム姿の日向が珍しくて、見惚れてしまう。
 ……カッコイイ。 

 息子に気づいた百合子が、夏樹の横で大きな溜息をついた。
「宗一郎、なんで来たのよ。これから夏樹ちゃんとお買い物行こうと思ってたのに」
「え……」
 百合子に責められて、日向は顔を引きつらせた。
「“娘”とお買い物行くのが夢だったのに……」
 百合子の手が夏樹の腕に絡まってきた。唇を尖らせている。
「……母さん、それは今日じゃなくてもいいんじゃない」 
 日向が自分の車の助手席を開けた。
 日向に手招きされ、夏樹は遠慮気味に百合子を見た。
 ……百合子さんと離れがたいけど、日向君のところへも行きたい。
 贅沢なジレンマだった。
 
「はいはい。わかったわよ」
 百合子の手が離れた。
「夏樹ちゃん、今日は付き合ってくれてありがとうね」
 車に乗り込んだ百合子は、エンジンを掛けてから夏樹に顔を向けた。
 夏樹はサイドガラスに寄った。    
「百合子さんっ、今日はごちそうさまでした。美味しかったし――楽しかったです」
 百合子は笑顔のままたっぷりと頷いた。
 夏樹は続けた。
「また……いつか、できることなら……ご一緒したいです」
 切実な声色になった。
 百合子とこうして会えるのはこれが最後かもしれない――自分は偽装彼女だから。
 ……でも、
 すぐ後ろに日向の気配があった。
 ……『お願い事』あと二回残ってる……、日向君に頼んでみようかな。
 無意識に、胸の前で両手を組んでいた。

「事故起こさないように、ちゃんと送り届けなさい」
 百合子が母親の声で日向に言った。
「母さんも、気をつけて」
 百合子を見送る日向の手のひらが、遠慮気味に夏樹の肩を抱いた。
 ……あ、恋人っぽく……、
 夏樹はサイドガラスから離れ、代わりに日向の腕に背中を近づけた。
「夏樹ちゃん、また誘うわね」
 その言葉とともに百合子の車が動く。
 夏樹は手を振って見送った。

「……」
「……」
 百合子の車が路地を曲がって見えなくなると、触れている部分に意識が集中した。
 日向の手が肩から離れ、そのまま車へと促された。
 名残り惜しい気持ちを閉じ込めて、夏樹は助手席に乗り込んだ。
 
「――日向君が、迎えに来てくれて……びっくりした、ありがとう」
 高ぶった感情がうまく処理できなかった。
 意味も分からず滲んでしまった涙を、日向に気づかれないようそっと指で拭った。 
 運転席の日向が夏樹を窺っていた。
「――母さんと出掛けたかった、かな?」
 その声が拗ねているように聞こえて、夏樹は日向に向き直った。
 日向の手はまだハンドルを触っていなかった。
 このまま会話ができるのだと分かり少しほっとした。
 夏樹はシートに身を戻した。

「誘われて、すごく嬉しかったから。だけど日向君が迎えに来てくれたことも、嬉しくて」
 言いながら、どこまでが許容範囲なのか必死に探っていた。
「今日、会えると思ってなかったし……この頃、日向君忙しくて会えなかった――よね?」
「……そうだね、うん……その――」
 日向の手のひらが口元を覆った。

「……」
「……」
 再び訪れた沈黙に夏樹は固唾を呑んだ。 

「……結城さん、最近……変わったことあった?」
 沈黙に押されるように日向が言った。
「私? 特にないけど」
 と言いながら、夏樹は日向が聞きたいのは光琉のことじゃないか――と考えた。
 ……でも違ったら切ないな。
「……」
 ちら、と日向を見る。その横顔は俯きがちで、目元は前髪で隠れて見えなかった。
 
「……この前、話してたよね……元カレと」
「!」
 夏樹は叫び出しそうになった。
 日向が光琉を気にしていたことが、自分の想像や願望ではないことに胸がいっぱいになった。
  
  
「……やり直す、とか……?」
 日向の声がくぐもっている。 
「ありえないよ」
 夏樹は素早く言った。 
「偶然会うことはあっても個人的に会うことはないし、やり直すつもりもないし」
 言い訳のような口調になってしまった。
「――うん、わかった」 
 日向が頷いた。その口角が上がったように見えた。

「あ。そうだ、結城さんに――」
 日向が後部座席へ手を伸ばした。
 取り出したのは、小さな紙袋だった。
「結城さんに、プレゼントしたくて」
「私に?」
 見覚えのあるロゴだった。
 以前、日向に付き添って訪れたハイジュエリーショップの……。 
「家に帰ったら、開けてみて」
 にこ、と微笑まれた。
「ありがとう……」
 夏樹はジュエリーバッグを胸に抱いた。

「……」 
 ……日向君から……
 私はただの偽装彼女なのに。
 
 これって――。

 

 
 
 【第一部*終わり】
  
 
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