同期のエリート警察官に、偽装彼女を頼まれました
……日向君?
モニターの中に立っていたのは日向だった。
夏樹は反射的に玄関へ向かっていた。ドアを開けると、案じ顔の日向が「よかった……」と声を漏らした。
夏樹は無意識に聞いた。
「……どうして部屋がわかったの?」
アパートの前まで送ってもらったことはあったが、部屋までは教えていない。
「ごめん。二階って前言ってたから。表札ない部屋ここだけだったし、一か八か……」
「……」
その行動力が今は素直にありがたかった。
日向が来てくれた安心感に強張っていた体が軽くなる。
「……上がって」
日向を招き入れ――そうしてから部屋が片付いているか気になった。
焦りながらリビングへ通す。
帰宅して置きっぱなしにしたままのバッグとコートを、隣の寝室へ押し込む。
テーブルの上に出しっぱなしの本や小物も端へ除けた。
「ここに座って」
普段自分が座っているソファを勧めた。
「あ、お茶……」
あたふたしていると、気遣わしげな表情の日向に止められた。
「結城さん、大丈夫だから」
「……うん」
夏樹は不格好に頷いて、カーペットの上に腰を落とした。
「……」
「……」
細い息が出てしまう。
夏樹は、俯いた。
どうして日向が急に訪ねてきたのか、理由を聞くのが怖かった。
「……えっと、車、どこに停めたの?」
「近くのパーキングだよ」
「ちょっと歩いたでしょう?」
どうでもいいことを口にして、なんとか心を落ち着かせた。
だが重要でもない会話はすぐに終わってしまう。
「……」
夏樹はまた俯いた。
どこからかかすかに聞こえてくる他人の生活音を、聞くともなしに聞いていると日向が言った。
「結城さん、俺に出来ることない?」
強い意志を感じさせる声だった。
「……誰かに、なにか聞いたの?」
夏樹の声が震えた。
今日のことが、もう署内に知れ渡ったのだろうか。
「磯山さんが、知らせに来てくれて」
「……そっか、琴音ちゃんが……」
夏樹は独り言ちた。
あの後フロアに戻ったが、係長がデスクまで付いてきた。見張られるような恰好でパソコンの電源を落とし、誰とも言葉を交わすことなく黙って職場を後にした。――それだけでもフロアでは目立つ行動だった。
「なにがあったか話せる?」
「……」
“自分で何とかするから大丈夫――”
そう強がりを言おうとして、唇を噛んだ。
自分は前回同様、今回もなにもできないままだろう。
「教えて。ゆっくりでいいから」
「……」
夏樹は日向を見上げた。
日向の目は憂いを含んでいても力強かった。
夏樹は結んでいた唇を解いた。
何より自分が日向に誤解されたくなかった。
「今日、小泉係長から倉庫棟の原田係長に封筒を渡してくるように言われたの」
「うん」
夏樹は事情を説明した。なにひとつ零さないように、正確に。
日向は夏樹が話すごとに相槌を打ち、最後のひとことまで真剣に聞いてくれた。
――「原田係長を名乗った人物の顔は覚えてる?」
日向の問いかけに夏樹は虚空を見つめた。
「目元だけ。他はマスクをしていたから見えなかった。年配の男性――というぐらいで……」
保管室は倉庫整理や搬出作業が多い。作業服とマスク姿に違和感がなかった。
「周囲には誰か目撃者になりそうな人はいなかった?」
「うん」
夏樹は絶望的な気持ちで頷いた。
倉庫棟は敷地の奥にある。用事がなければ誰も足を向けない場所だった。
「それにね、今日、原田係長は地下倉庫へ棚卸しに行っていて、もうひとりの職員は配送で外回りだったんだって」
「じゃあその間、保管庫には誰もなかったんだね」
「そうなるよね」
夏樹は改めてその不自然さに意識が向かった。
「いったい誰が、なんのために原田係長のふりをしたのか……」
夏樹は、重くなった頭を片手で支えた。
「重要な書類だった?」
夏樹は首を左右に振った。「わからない……」
「とにかく、原田係長になりすました人物を見つけよう」
日向が事も無げに言った。
「……日向君」
夏樹は震える声で問いかけた。
「私を、信じてくれるの?」
日向が打たれたような表情になった。
「あたりまえだろう」
「……でも」
上司に投げつけられた言葉が夏樹の頭の中を飛び交っている。
「結城さんは業務命令で書類を届けただけだよ」
日向のまっすぐな視線が向かってくる。
「……」
「ちゃんとIDを確認して、名乗ってもらって渡している。それのどこに問題があるの」
「……うん」
一片の迷いもないその声に涙腺が緩み――慌てて顔を別な方向へ向けた。
「……飲み物、持ってくるね」
夏樹は立ち上がった。
今度は日向も止めなかった。
……。
その優しさに縋りたくなった。
飲み物を手に日向の元へ戻り――夏樹は、口を開いた。
「日向君に、聞いてほしいことがある」

