ツンデレ令嬢はモフモフの犬にしか本音が言えない〜その犬は、私のことを嫌いな婚約者でした〜
「グレン様、ど、どうしてここに!? 今、犬の姿で!? ま、まさか、そのような趣味がおありで!?」

 私がパニックになっていると、グレン様も真っ赤な顔で慌てふためいている。

「いや、違う! 趣味って、そんなわけあるか! お、俺は、気づいたらあの姿になっていたんだ!」
「え? 気づいたら……?」

 グレン様の言葉を聞いて、心当たりが一つあった。
 それは、“相手の気持ちがわかる薬”だ。あれしかない。

(あれは気持ちを吐露する薬じゃないんですの? もしかして、犬に変身する薬だったの……?)
 しかし、私はそれ以上に、とんでもないことを思い出した。

 それは、犬の姿のグレン様に、自分の気持ちを喋ってしまったことだ。
 今更ながら全身の熱が上がって、今にも倒れそうになる。

(ど、ど、どうしましょう……っ。グレン様に気持ちを喋ってしまいましたわっ)

 彼を見られなくて、顔を上げることができない。

「……エレノア」
 グレン様が低い声で、私の名前を呼んだ。私は思わず、ビクッと身体を震わせる。

「……さっき言ったことは……、本当か?」

 そう確認されて、私は思わず顔を横に振った。
「ち、違いますわ……、あれは、本当に違うんですの!」

「……本当に? そんなに真っ赤な顔で?」
 グレン様に指摘され、両手で頬を押さえた。たしかに、燃えるように熱い。

「ほ、ほんと……に……っ、私……っ」

 いたたまれなくて、早くこの場から逃げ出したい。
 恥ずかしすぎて、まだ涙が滲んでくる。
 
 でも、それじゃ、いつもと変わらない。ワンちゃんには言えても、当の本人には素直になれないなんて。 

(……怖い。だけど、……少しでも、変わりたいの……)

 震える手を握って、息を吸う。そして、私は半ばやけくそ気味に、グレン様に言い放った。

「そ、そうですわ! さっき言ったことは本当ですわよ! 私はグレン様に初めてお会いした時から、ずっとお慕いしてましたわ! でも、でも、分かってますわよ、あなたが私のことを嫌いってことは――っ」

 その瞬間、私は腕を引かれ、彼の胸に抱き寄せられた。
 ぎゅっときつく、背中に腕が回される。

「グレン様!?」

「俺もだ。俺も、初めて会った時から、君が好きだったんだ……っ」

 耳元に、グレン様からは聞いたことのないような、熱の籠もった声が聞こえる。

 私を好きだなんて、信じられない。都合の良い夢を見ているかのようだ。

「……そんな、嘘ですわ……。……いつも、私には冷たかったのに」 

「俺だって、ずっと君に嫌われていると思って、何も言えなかったんだ」

(……それって、私と同じ……? 二人して、勘違いをしていたってことですの……?)

 驚きと安堵で胸がいっぱいになり、嬉し涙が溢れる。

「……そうだったんですね……。……似た者同士ですね、私たち」
 思わず笑みがこぼれる。

 そっとグレン様の顔がこちらに近づき、頬に唇が触れる。

「へ!? ちょ、ちょっと!? いったい何をなさるの!?」

 びっくりして後ろへ仰け反るが、彼の手は私を離さない。

「何って、さっきみたいに、涙を拭いてあげただけだが?」
 私が焦っている前で、グレン様は悪ぶれずに答える。
 
「さっきって、あれはワンちゃんですし!」 
 
「エレノア、あんなに近づいて、俺を触りまくっていたというのに。犬の時と態度が違うんじゃないか?」

「え? それは犬だと思っていたから、当たり前ですわ!」
 離れようと抵抗するが、グレン様の長い指が私の頬に触れた。


「じゃあ、今度は、俺が君を思いっきり可愛がってあげるから、……覚悟して?」

 そう言って笑うグレン様の瞳は、私の姿を映している。
 ずっと、そうやって笑いかけてほしかった。……だけど。

(私はこれから、どうなっちゃうんですのー!?)

 いたずらっぽく微笑む、グレン様の顔が近づいてくる。

「エレノア、好きだよ」

 そう囁かれ、顎を上げられた私は、その愛を受け入れるしかなかった。



 ――後日、セリーナ様から届いた手紙には、こう書かれていた。

『どう? うまくいったかしら? 私はエレノア様たちをずっと応援してますわ。追伸――薬、間違えちゃった〜、ごめ〜ん☆』

(……面白がっているわけじゃないですわよね? セリーナ様……)
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