ツンデレ令嬢はモフモフの犬にしか本音が言えない〜その犬は、私のことを嫌いな婚約者でした〜

番外編(モフモフside)

「はぁ」
 エレノアとの定例の茶会を終えて、俺は子爵邸の庭園を歩きながら溜息をついた。

『……あの、何か、私におっしゃりたいことはありませんか?』

 珍しくエレノアが普通に話しかけてくれたというのに、急なことでテンパってしまい、上手く返せなかった。

「……何で俺はいつもこう……、上手く言えないんだ」
 毎度のことながら、自己嫌悪に陥る。
 次こそはしっかりと気の利いたセリフを言えるように、考えておこうと心に決めた。

 二年前、初めての顔合わせで、俺はエレノアに一目惚れした。しかし、彼女が俺を見る目はどこか冷たくて、俺は言葉を呑み込んだ。

 彼女は動物が好きなのだろうか。
 街に出掛けた時、犬を見て笑顔になった彼女から、目が離せなかった。

(もし俺が犬だったら、あんな風に笑いかけてくれるんだろうか……)
 なんて、馬鹿げたことを考えて自嘲した、その時――。

 突然、俺は白い光に包まれる。視線が低くなり、全身は金色の毛で覆われていた。
 自分の腕をまじまじと見つめる。手のひらには黒い肉球が……。

(……この手って、まさか……犬じゃ……? さっき俺が犬だったらなんて考えたから、犬になってしまったのか……?)

 俺は愕然とする。しかし、ここにいるのはまずいと思い、人に見つからないように花壇の間に身を隠した。
(これから、俺はどうすれば……?)

「ワンちゃん?」
 後ろから声を掛けられ、恐怖で身体が震える。
「あ……、大丈夫よ、怖くないですわ」
(エレノア……!?)

 一番見られたくなかった、だけど、一番会いたかった人だ。
 彼女は恐る恐る俺の首元を撫でる。

「……ふふっ、いい子ね……。どこから来たの? って聞いても分からないですわよね……」

 エレノアは俺に向かって優しく微笑む。
(……そうだ。俺は、この笑顔が見たかったんだ……)


 そして、俺はエレノアの部屋に連れて来られた。

(ま、待て。エレノアの部屋だと!? この香りは……っ)

 犬の嗅覚の俺は、目一杯にエレノアの香りを感じて、クラクラしそうになった。
 まるで、エレノアの髪に触れて、その綺麗な髪に顔をうずめたかのような――。
 と、理性が飛びかけて、慌てて首を振り気を引き締める。
(……平常心、……平常心……)

 
 エレノアは水の入った皿を置いた後、俺の前に座ってこちらを覗き込む。
「えっと、ワンちゃん、おすわりできる? おすわり!」

(……は?)
 俺は思考が停止した。たしかに、犬は命令に従っている。
 やらないといけないのか。犬だったら、やるべきなのか。考えを巡らせる。

 ちらっとエレノアを見ると、彼女は期待するような純粋な瞳で、こちらを見つめていた。

(…………。仕方がない)
 スッと俺はその場に腰を下ろす。

「わぁ、ワンちゃん、凄い! いい子ね!」

 嬉しそうに笑うエレノアは、俺の頭を撫で回した。
 ちょっと、くすぐったいが、悪い気はしない。

「じゃあ、今度はお手ですわよ? お手!」

 俺は彼女の白く細い手のひらに、自分の手を乗せた。

「わ、わ、いい子ですわ! なんていい子なんでしょう! ふふっ、可愛い〜っ!」

 こんなことで、彼女がこんなにも喜んでくれるなんて、犬が羨ましくなった。

(フッ……、犬に嫉妬してるのか……? 俺は……)

 苦笑しながら、俺は笑顔の彼女を見つめていた。

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