わすれもの

 名前も知らない、本当に来るかわからない。
 約束だけはした。
 午後の二時か三時か。
 四時じゃなかったはずだ。
 僕は府中駅で、彼女を待っていた。

 あの日、中三の夏と言えば、みんな受験で忙しかったのかもしれない。
 僕は勉強の意識が高くなく、遊んでばかりで、どうしようもなかった。
 たまに、同級生と公園に集まってサッカーをやっていた。

 あの夏の平日、僕は全財産をかき集め、持っている服で割とましなもの、シルクのシャツを着て家を出た。
 黒の長袖だったので、腕まくりをした。

 遅れてはいけない。
 待っても来なければ、帰ればよい。
 緊張を、そう言い聞かせて整えようとする。
 割り切れるのが自分の良い癖だと思う。
 その感覚は薄く残っている。
 今の私も、あの時と同じように考えるのではないだろうか。

 柱を背にして待っていた。
 大したことを考えていなかったんじゃないのか。
 人生であんなに大事な瞬間でも、その時の当事者にはわからないものだ。

 くやしい。
 過去と今の自分の感情に名前は付けられない。
 変えられない過去に?
 もっとベストな選択ができた?
 今もじめじめと考えている自分に?

 彼女はどう現れたんだっけ?

「やっほー」

 と言って、彼女は左から駆けてきてくれたんだった。
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