まだ青い彼
「奥さんをすごい大事にしてる人で、そこがまた素敵だよね。でもさ、終わった話だし。今はもう尊敬する先輩以上の感情は無いよ」
「うん。けど、昔好きだった人とか尊敬してる人って入られやすいんだよ」
「入られやすい……とは」
「簡単に心の中に入られやすい。あっという間に尊敬が恋愛感情に変わる。向こうがその気になればね」
「それ……は……。無いよ、だって結婚して家庭を持ってる人だよ」
「ほらね。結局春美さんはそれしか言わない。だから俺はそこに頼るしかないってことだ」
「……」

 静かにそう言う広睦くんに言葉が出ない。どうしてそう確信めいたことが言えるのだろうか。広睦くんにも覚えがあるのかな。簡単に恋に変わった瞬間が……。

「言うんじゃなかったな。不安を口に出すのはダサいし春美さんが“もし”を考えちゃうじゃん。想像上でも誰かと結婚したりしないで」
「何言ってんのよもー、意味わからない」

 笑って流したけど、私にとってもう何ともない事に心配そうな視線を寄越す広睦くんに胸がきゅっとなる。恋愛における素直さを失った私には心が澄み渡る気分だよ。

「じゃあ、この話は終わり。コーヒー、いる? 」
「あ、ありがと。もらうー」

 さっきの話題にはもう触れることなく、広睦くんがいつもより少し早足で歩き出す。私はコーヒーを持っていない方の手でそっと広睦くんの腕に手を添えた。

 驚いて振り返った広睦くんは直ぐに笑顔になった。嬉しそうに自分の腕にある私の手に自分の手を重ねる。
 私もしらずに顔が緩む。この子を笑顔にしたい、なんて気持ち初めてかもしれない。

「単純だな、俺って」
 照れている顔がまたかわいくて、抱きついてしまいたい衝動に駆られる。感情のコントロールってこんなに難しいんだ。

 
 
< 115 / 160 >

この作品をシェア

pagetop