まだ青い彼
 橘さんがすっと一歩引いたことでやっと息が吐けた。

「その条件、東谷が解除しないうちはチャンスがあるってことだもんな」

 そっか、広睦くんとの未来を考えるならそこは考えなおさないといけない。普通の恋愛ってそうだ。

 つい、考え込んでいたらしい。私が落ち込んでいると思ったのか橘さんが私の顔をのぞきこむ。
 
「一度きりの人生だからな、東谷が好きにしたらいい。好きにしたらいいんだからな。結婚するのは東谷なんだ」
「ふふ、橘さん、ほんと良い人ですね」
「ちっ」

 橘さんはばつが悪そうに舌打ちして髪をかき上げた。

「ありがとうございます」
「ん。ゆっくり考えたらいい。同じ会社ってのはいいな。約束なく会えるし、ちょっとばかし有利だな。ただでさえ俺年上でバツイチのハンデあるのに」
「年上……ハンデじゃないですよ、むしろ加算点」
「まじ? そう? 」
「はい。あと……彼もバツイチなんです」

 橘さんの切れ長の目が大きく見開かれた。

「若気の至り……か、何でだよ。あー……なかなかだな」
「ええ、なかなか」
「バツイチってどうなんだろう」
「あんな良い人があの年で何で独身なの? あ、バツイチか。納得……みたいな。ある程度の年ならプラスかも? 事故物件扱いもありますけど」
「ははははは! きついな。そっか、まあ一度きりの人生、だもんな。みんなそれぞれ色々あるさ」
「そう……ですね」
「好きにしたらいい。悩んだって、決めたって」
「はい。そうですね」

「言っておくけど」

 橘さんはそう言ってビシッと私を指さした。

「俺も一度きりの人生。好きにさせてもらうよ」

 そう言って不敵に笑うとわずかに香る、橘さんの香りを残して足早に私を追い抜いて行った。

 指先が震えている。一度きりの人生だ。それは、誰にとっても。
 
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