まだ青い彼
 どんな恋愛でも私から告白したからって私から別れたらダメって決まりはない。思った人じゃなかったってパターンもあるんだし。
 このまま連絡先さえブロックしたら他人に戻る希薄な関係。一時の気の迷いはすぐに忘れ去られるだろう。私も。さらに若い彼には余計。

 ――満員電車に乗り込むと出来るだけ周りを意識しないように努める。
 先週は会わなかったし連絡もなかった。今週も大丈夫。日常に戻るだけ。誰も隣にいない日常に……。

 ふっ、と誰かの生暖かい息を耳の後ろに感じて身をすくめる。明らかな故意に、痴漢だと振り返り声をあげようとする。
「俺俺、俺だって。しーっ」

 叫ぶ一瞬前にストップをかけられ相手を睨むに留めた。

 痴漢……より驚いて「七瀬広睦ぅ」と声が出た。
「うん。つか、何でフルネーム。先週講義休みでねぇ、会いたかった? 」
 へらへら笑う姿に、散々構えていたこっちは気が抜ける。

「何するのよ! 」
 耳を押さえて抗議する。
「はは。一テンポ遅いよ。春美さん痴漢に遇ったらその場で声上げるタイプだね。勇ましくていいけど、変なやつ多いからむやみに刺激しないようにしなきゃね」
「いやいや、変な奴ってあんただから。先週会えなかったからって別に寂しいわけないでしょ」
「ふーん、俺は『会いたかった? 』って聞いたんですけど、寂しかったんだ」
「は!? 何言ってんの」
「ん。もう、諦めたんだって思った? ()()()()。めげてないから」
「あなたねぇ」
「ほら、しー……」

 目の前に綺麗な色の尖らせた唇があって、長い指先はちゃんと性別“オトコ”の手だとわかる。

 まだ抑えたままの自分の耳が赤いだろう事を悟り、手で隠したままにしておいた。距離感から清潔そうな香りがする。

 もう、と小さく呟いた。
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