まだ青い彼
「ああ、橘さんね、あの人はこっちにはいないの。奥さんも向こうの支社で出会った人だから戻ってこないだろうなぁ。たまに出張で来るくらい。三宅くんもそうだしねもう滅多に会わない」
「そっか」
「どのみち既婚者だし。済んだ話だよ」
「そうだけど、わかんないじゃん」
「たまたま。話の流れで昔話になっただけで、ずっと一緒にいて何もなかったのに今更どうにもならないよ。そういうことで、私はなけなしの勇気を出したってこと。タイミングは……どうだったのかわからないな」
 
 広睦くんとの事においてはタイミングとかそんな問題ではないのだから。
 
「それでも俺は、声かけてくれて良かったなって思ってますよ。あと、何か色々諦めてないから。ああ、覆して悪いけど。この期間でなんとかしようとも思ってんだよね、実は」
「え、諦めるって……」
「うん。誰か見つかればね。でもその前に何とか出来ないかなってずーっと思ってるよ、俺は」
「何とかって……」
「はははは、その顔! 」

 私がどんな顔をしているのか見えないけど、広睦くんの屈託ない笑顔に、鼓動がせわしなく聞こえてしまわないかと心配した。
 “あの頃の恋”をやり直している。そうかもしれないって思ったけど、全然違うよ、私が学生の頃はこんなに素敵な子はいなかった。

 困る。
 諦めてくれないと困る。なのに、嬉しくて、本当に困る。時が……

「時が止まればいいのにね」

 私が思ったことが広睦くんの口から出て来た。

「何を子供みたいなバカなことをって思ったでしょ」
「そうだよ、ほんと何言って……。私も、同じこと思ってた」

 否定しようとして言い直した。今は素直になりたい。そう思ったから。

「え? 」
「私も今、時が止まればいいのにって思ってた」

 広睦くんは一瞬驚いた顔をして、それからくしゃくしゃな笑顔で私に両手を広げた。
 気がついたら私も広睦くんの胸に飛び込んで笑っていた。

 ねえ、やっぱりこんな所で抱きつくなんて、気持ちだけは恋に夢中で周りが見えなかった頃に戻ってるのかもしれないな。
 
 
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