未完成のワンフレーズ



「……紗綾?」



聞き間違いかと思った。

李仁の声は、ほとんど音になっていなかったから。



「……李仁?」



鼻血、止まらないんだよね。

苦しいんだよね。


なのに、なんで私を見てるの。私だけを真っ直ぐ見てるの。



いつものような生意気な顔じゃない。

苦しそうで、疲れていているのに。


目元だけでも、私を安心させようとして。




「…………」



何か言おうとしているのに、喉が震えるだけだった。



「……っ」



弱いなぁ、私。

普段はなんでも押し切ったら解決するとか思ってて、強引でノンデリで能天気なのに。



こういう時に限って動けないんだからさ。



私が病室の前で迷っている間も、看護師さんは何かを言っている。

先生も李仁に声をかけている。


でも、もう何も頭に入ってこなかった。


私は、李仁の目だけを見て、李仁がそこにいるって信じることで精一杯だったから。



「⋯⋯はぁ、っ⋯⋯」



やがて、少しずつ呼吸が落ち着いていく。

慌ただしかった病室にも、静けさが戻ってきた。



「……大丈夫?」


看護師の問い掛けに、李仁は血の着いた手を拭いながら頷いた。


「無理しないように。何かあればすぐにナースコール押すんだよ。いい? 我慢はしないこと」

「はい」



李仁はそう答えてから、もう一回私を見る。

今度は、ほんの少しだけ笑った。



「……なんで、そんなとこにいるんだよ」

「…………っ」



さっきのほとんど空気と変わらない声じゃない。


いつも聞いている李仁の声。


生意気で、意地悪で、大嫌いで――。



大好きな李仁の声。




「……ばか」

「……は?」

「ばか、ばか……」


生きてる。生きてるよ。


病衣血だらけだし、シーツとか掛け布団とか真っ赤だけど。


顔色終わってるけど、


生きてる。



「……泣くなよ」

「だって……!」

「大げさだな、お前」

「大げさじゃない!」
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