未完成のワンフレーズ
あの夜に病院を抜け出して、歩道橋に向かった日。


私は確かに、自分が自分じゃない気がした。

あの日だけじゃない。


私は解離性障害を発症してから、夜になる度に自分が自分じゃなくなる気がしてた。


でも、別にあの夜は自由になりたかっただけであって。

“そんなつもり”は、一切無かったはず。


「前の世界で、お前はあの夜に歩道橋から飛び降りたんだ」

「っ⋯⋯!」

「俺は、お前が苦しんでいる間も病院にいた。お前があんなことになったのを知ったのは、お兄から全て終わったって聞いてからだった」


月明かりに照らされた顔は、今まで見たことがないほど苦しそうだった。


「間に合わなかったんだって、俺は何もできなかったって⋯⋯ずっと後悔してる」

「だから、生き返ったの?」

「生き返った、は少し違う。俺はやり直すためにもう一度ここに来た」

「じゃ⋯じゃあ⋯⋯私は、死んだの? その写真に写る私は⋯⋯」


感情なんて分からない無表情で、カメラを向けられても笑わないような私は、

それから一年もしない内に⋯って?


「俺達が出会ったのは、あの中庭だった。俺がギターを弾いていると、車椅子に乗ったお前を連れたお兄が来て」


その時の私は、長らく解離性昏迷と思われる状態だった。

四宮せんせー達の呼びかけに応じず、ずっと一点を見つめているだけ。


でも、その日だけが違った。

いつも通り四宮せんせーに連れられて中庭に出ると、何処からかギターの音が聞こえてきた。


私は初めて、その音を聞いて反応を見せたのだと。


「お前の第一声、何だったと思う?」


『下手』


「なに、それ⋯⋯話ぶっ飛びすぎだって⋯⋯⋯」


嘘にしては質が悪すぎる。


元々李仁は違う世界で死んで、私もその世界では死んで。皆、違う人生を歩んでいて。

李仁はあの夜に間に合わなかったからって、今も後悔してるって。

< 94 / 113 >

この作品をシェア

pagetop