再会した冷徹上司は、私にだけ過保護です
第14話 『好き』の種類
「春ちゃん、ちょっと僕のプロット見てくれない?」
――日暮先生の家にお邪魔してからというもの、彼に懐かれている。
わざわざ編集部までご足労いただいていた。
いつの間にか、「小日向さん」から「春ちゃん」に呼び名が変わってるし。
「私でいいんですか? 先生の担当って冬馬先輩ですよね?」
「いいよいいよ、あいつ全然話が通じないし」
「よくない」
……私と日暮先生がつるむようになってから、冬馬先輩の機嫌が目に見えて悪い。
やっぱり、担当の作家を横取りするのはよくないよね……。
「じゃあ担当を氷室くんから春ちゃんに変えてよ~。春ちゃんに相談するようになってから僕、ちゃんとプロット練るようになったし、君の大好きな成果は出てますよね~??」
「……担当は、変えない」
先輩は眉間のシワを指で伸ばしている。
心労が絶えないんだろうな……。
「なに? そんなに春ちゃんが盗られるの怖いの?」
「は……?」
「え?」
なんでそこで私の話が出てくるのか分からなくて、反応が一瞬遅れた。
冬馬先輩は、視線で人が殺せるのではと思うほどの睨み方をしている。
「氷室くんって春ちゃんのこと好きだよね~。多分バレてないと思ってるの氷室くんだけだよ」
「日暮」
先輩の声は硬く冷たい。
編集部の面々は固唾をのんでこちらを見ていた。
一方の私は目をパチパチさせている。
先輩が、私のことを好き。
「で、春ちゃんは氷室くんのこと、どう思ってるの? もうめんどくさいから、ここで結論出しちゃおうよ」
「日暮、何を勝手なことを――」
「……えっと」
私が口を開くと、その場がしんと静まった。
編集部の面々も、日暮先生も、冬馬先輩も、みんな私の発言に注目している。
その緊張感に、若干、声が揺れた。
「私は、冬馬先輩のこと、尊敬してます」
「尊敬~? それだけ? 氷室くんが春ちゃんのこと好きなのは気付いてた?」
「ええっと……その『好き』がどういう意味なのかは把握してないんですが……」
私は視線を空中に向ける。
「先輩が私のことを大切にしてくれてるのは、伝わってます」
「――」
冬馬先輩は一瞬息を詰まらせ、無表情のまま、顔をうつむけた。
その顔からは、安堵しているか落胆しているのか、いまいち感情が読み取れない。
一方の日暮先生は、なぜかニヤニヤと嬉しそうに笑っている。
「ふ~~~ん、なるほどねえ~~~。物語として面白くなりそうじゃん」
「……」
先輩、顔をうつむけたまま、目だけ日暮先生を睨みつけていて、凶悪さが増してるな……。
「あの、日暮先生。あまり先輩を困らせないでいただけると、嬉しいのですが」
私は日暮先生に対して、きっぱりとした態度を心がける。
すると、彼はニコニコと笑ったまま、「仕方ないな~」と機嫌良さそうにしていた。
「春ちゃんの顔を立てて、今回はこのくらいにしといてやるか。春ちゃんに感謝しなよ~、氷室くん」
先輩は明らかにイラッとした顔をしている。
「チッ」って舌打ちする先輩、初めて見たな……。
「でさぁ、プロットの話なんだけど」
「俺が見る」
「え~。氷室くん『正解』しか出さないじゃん。春ちゃんは『理由』をくれるからいいんだよね」
「いいから。これ以上、小日向の仕事の時間を奪うな」
「仕事……あっ!」
私はハッとして壁掛け時計を見た。
「すみません、日暮先生! 私、これから印刷所の方と打ち合わせがあって……!」
「行ってこい、小日向。ここは俺が食い止める」
「氷室くん、僕のこと完全に敵だと思ってるよね?」
背後で冬馬先輩と日暮先生がプロットについてああだこうだと揉めているのを聞きながら、私は編集部を飛び出したのである。
「ふう……」
印刷所の担当の方とずいぶん話し込んだ。
文芸誌の表紙の色味とか、他の編集者についでに頼まれた単行本の入稿作業とか……。
疲れはするけど、これまで知らなかった世界に触れることは、新鮮な刺激があって面白い仕事だと思う。
「おう、帰ってたのね。お疲れちゃん」
田島さんが休憩室に入ってきて、缶コーヒーを奢ってくれた。
「日暮先生と冬馬先輩、その後どうでした?」
「いや~、揉めた揉めた。氷室ちゃんが作家相手に手を出すなんて、日暮センセくらいのものだろうなあ」
「て、手を出したんですか……!?」
「あ、違う違う、軽いチョップ程度だよ」
「あ、なんだ……」
日暮先生に初めて会いに行ったときも、そういえば冬馬先輩、先生の頭にチョップしてたな……。
「それにしても、朝はヒヤヒヤしたよ。まさか日暮センセがあんなにぶちまけるなんてね……」
「ぶちまける?」
何の話だろう、と思いながら聞き返すと、田島さんは少し気まずい顔をする。
「ほら、あの……氷室ちゃんが小日向ちゃんのこと大好きってやつ……」
「ああ、いえ、先輩が私のこと大事にしてくれてるのはわかるので!」
「……どういう意味の『好き』なのかは分かってないんでしょ?」
「そうですね……。『好き』って何種類もあるものなんですね」
「なはは……いや、まだ気付いてないほうがいいかもな、これ……」
田島さんの苦笑いの理由が、あまりよくわからなかった。
「氷室ちゃんも苦労人だねえ……」
「そういえば、田島さんと日暮先生ってなんか似てるかも」
「ええ!? あんなデリカシーのない人と俺が!? どこが!? 今すぐ直すから言って!?」
休憩室に、田島さんの悲鳴と私の笑い声がこぼれた。
……好きって、そんなに複雑なものなのかな。
――日暮先生の家にお邪魔してからというもの、彼に懐かれている。
わざわざ編集部までご足労いただいていた。
いつの間にか、「小日向さん」から「春ちゃん」に呼び名が変わってるし。
「私でいいんですか? 先生の担当って冬馬先輩ですよね?」
「いいよいいよ、あいつ全然話が通じないし」
「よくない」
……私と日暮先生がつるむようになってから、冬馬先輩の機嫌が目に見えて悪い。
やっぱり、担当の作家を横取りするのはよくないよね……。
「じゃあ担当を氷室くんから春ちゃんに変えてよ~。春ちゃんに相談するようになってから僕、ちゃんとプロット練るようになったし、君の大好きな成果は出てますよね~??」
「……担当は、変えない」
先輩は眉間のシワを指で伸ばしている。
心労が絶えないんだろうな……。
「なに? そんなに春ちゃんが盗られるの怖いの?」
「は……?」
「え?」
なんでそこで私の話が出てくるのか分からなくて、反応が一瞬遅れた。
冬馬先輩は、視線で人が殺せるのではと思うほどの睨み方をしている。
「氷室くんって春ちゃんのこと好きだよね~。多分バレてないと思ってるの氷室くんだけだよ」
「日暮」
先輩の声は硬く冷たい。
編集部の面々は固唾をのんでこちらを見ていた。
一方の私は目をパチパチさせている。
先輩が、私のことを好き。
「で、春ちゃんは氷室くんのこと、どう思ってるの? もうめんどくさいから、ここで結論出しちゃおうよ」
「日暮、何を勝手なことを――」
「……えっと」
私が口を開くと、その場がしんと静まった。
編集部の面々も、日暮先生も、冬馬先輩も、みんな私の発言に注目している。
その緊張感に、若干、声が揺れた。
「私は、冬馬先輩のこと、尊敬してます」
「尊敬~? それだけ? 氷室くんが春ちゃんのこと好きなのは気付いてた?」
「ええっと……その『好き』がどういう意味なのかは把握してないんですが……」
私は視線を空中に向ける。
「先輩が私のことを大切にしてくれてるのは、伝わってます」
「――」
冬馬先輩は一瞬息を詰まらせ、無表情のまま、顔をうつむけた。
その顔からは、安堵しているか落胆しているのか、いまいち感情が読み取れない。
一方の日暮先生は、なぜかニヤニヤと嬉しそうに笑っている。
「ふ~~~ん、なるほどねえ~~~。物語として面白くなりそうじゃん」
「……」
先輩、顔をうつむけたまま、目だけ日暮先生を睨みつけていて、凶悪さが増してるな……。
「あの、日暮先生。あまり先輩を困らせないでいただけると、嬉しいのですが」
私は日暮先生に対して、きっぱりとした態度を心がける。
すると、彼はニコニコと笑ったまま、「仕方ないな~」と機嫌良さそうにしていた。
「春ちゃんの顔を立てて、今回はこのくらいにしといてやるか。春ちゃんに感謝しなよ~、氷室くん」
先輩は明らかにイラッとした顔をしている。
「チッ」って舌打ちする先輩、初めて見たな……。
「でさぁ、プロットの話なんだけど」
「俺が見る」
「え~。氷室くん『正解』しか出さないじゃん。春ちゃんは『理由』をくれるからいいんだよね」
「いいから。これ以上、小日向の仕事の時間を奪うな」
「仕事……あっ!」
私はハッとして壁掛け時計を見た。
「すみません、日暮先生! 私、これから印刷所の方と打ち合わせがあって……!」
「行ってこい、小日向。ここは俺が食い止める」
「氷室くん、僕のこと完全に敵だと思ってるよね?」
背後で冬馬先輩と日暮先生がプロットについてああだこうだと揉めているのを聞きながら、私は編集部を飛び出したのである。
「ふう……」
印刷所の担当の方とずいぶん話し込んだ。
文芸誌の表紙の色味とか、他の編集者についでに頼まれた単行本の入稿作業とか……。
疲れはするけど、これまで知らなかった世界に触れることは、新鮮な刺激があって面白い仕事だと思う。
「おう、帰ってたのね。お疲れちゃん」
田島さんが休憩室に入ってきて、缶コーヒーを奢ってくれた。
「日暮先生と冬馬先輩、その後どうでした?」
「いや~、揉めた揉めた。氷室ちゃんが作家相手に手を出すなんて、日暮センセくらいのものだろうなあ」
「て、手を出したんですか……!?」
「あ、違う違う、軽いチョップ程度だよ」
「あ、なんだ……」
日暮先生に初めて会いに行ったときも、そういえば冬馬先輩、先生の頭にチョップしてたな……。
「それにしても、朝はヒヤヒヤしたよ。まさか日暮センセがあんなにぶちまけるなんてね……」
「ぶちまける?」
何の話だろう、と思いながら聞き返すと、田島さんは少し気まずい顔をする。
「ほら、あの……氷室ちゃんが小日向ちゃんのこと大好きってやつ……」
「ああ、いえ、先輩が私のこと大事にしてくれてるのはわかるので!」
「……どういう意味の『好き』なのかは分かってないんでしょ?」
「そうですね……。『好き』って何種類もあるものなんですね」
「なはは……いや、まだ気付いてないほうがいいかもな、これ……」
田島さんの苦笑いの理由が、あまりよくわからなかった。
「氷室ちゃんも苦労人だねえ……」
「そういえば、田島さんと日暮先生ってなんか似てるかも」
「ええ!? あんなデリカシーのない人と俺が!? どこが!? 今すぐ直すから言って!?」
休憩室に、田島さんの悲鳴と私の笑い声がこぼれた。
……好きって、そんなに複雑なものなのかな。