再会した冷徹上司は、私にだけ過保護です
第4話 変わらないもの、変わった距離
「――あの企画、通ったんだ。すごいね、『氷室さんのお気に入り』は」
女性社員が恨みがましい目で私を見ている。
その視線に、私は戸惑うばかりだった。
……冬馬先輩から任命された、雑誌の巻頭特集。
先輩から「悪くない」とお墨付きをもらい、無事にデザイン班に回すことができた。
このまま順調に行けば、再来月辺りには私の初仕事が仕上がることになるだろう。
「小日向さん、すごいなあ。私の考えた企画が、こんなことになるなんて」
同期の小泉唄子さんが、まだ信じられないという顔で私を見ている。
そもそもは、彼女が冬馬先輩に提出しようとした企画書を私が代わりに提出した。
それを、先輩に「お前がやれ」と、いきなり大仕事を任されたのである。
「小泉さんが考えた企画が良かったんだよ」
「――本当にそうかな」
それは小泉さんの声ではなかった。
驚いて声のした方を見ると、別の女性社員が立っている。
たしか、冬馬先輩に企画書を却下されて泣いていた――。
「犀川さん……」
――犀川きらら。
華やかな印象を与える、私や小泉さんの先輩にあたる人。
そのパッチリした目は、今、私を睨むように見ている。
「あの企画、通ったんだね。おめでとう」
「ありがとうございます……」
「さすが、『氷室さんのお気に入り』はすごいね」
……その言い方には棘がある。
なんと返せばいいのか分からず、私は戸惑いのまま犀川さんを見つめ返した。
「小泉さんがあの企画考えたんだね」
「は、はい……」
犀川さんに名指しされて、小泉さんもやや緊張気味に返す。
「でもさ、小泉さんがあの企画出してたら、本当に通ってたと思う?」
「……どういう意味ですか?」
私が問い返すと、犀川さんは肩をすくめて笑っていた。
「あの企画、もしかしたら『小日向さんが出したから』通ったのかもしれないよ?」
「え……」
「だって、明らかに氷室さんの様子おかしいもの。他の人には厳しいのに、小日向さんだけ別格の扱い」
呆然としている私の顔を、犀川さんが下から覗き込む。
その目は瞳孔が開いていた。
「――そういうのさあ、『贔屓』っていうんじゃないの?」
「そんな……」
「――こら、犀川ちゃん。そこまでにしときな~?」
場違いなほど陽気な声がして、犀川さんが私から距離を取る。
「なによ、田島。あんたまで小日向さんの味方ってわけ?」
「な~に言ってんの、俺は全ての女の子の味方だよ~?」
「その言い方、きしょいからやめて」
バチコン、と音がしそうなウィンクをする田島さんに、犀川さんはゴミを見るような目で切り捨てた。
「ま、冗談はさておき。氷室ちゃんはこういう無用な争い、嫌いだと思うけど」
「火種を生み出してるのはあの人でしょ。私だって頑張ってるのに……」
不満げに頬を膨らませる犀川さんに、田島さんは苦笑いを浮かべている。
「ごめんねえ、小日向ちゃんに小泉ちゃん。犀川ちゃん、氷室ちゃんに企画却下されて八つ当たりしてるだけだから」
「そんなことないし」
「犀川ちゃん。『感情で仕事するな』って氷室ちゃんに言われたでしょ。また怒られるよ~?」
田島さんの言葉が決定打となったのか、犀川さんは図星を突かれたように押し黙った。
そして、「……ふん」と拗ねたようにその場を立ち去る。
「びっくりした……」
小泉さんは呆気にとられた顔をしていた。
「ホントごめんね。犀川ちゃん、ちょっとご機嫌斜めみたい」
「いえ……」
「でも、たしかに氷室ちゃん、他の人にはそこまでしないんだよねえ」
田島さんは不思議そうに首を傾げている。
「……」
私は浮かない気分になっていた。
――贔屓。
その言葉が、鉛のように胸の中に重く詰まっている。
……他の人には、しない……?
……私は、本当に実力で通ったのだろうか?
「――小日向。帰るのか」
仕事終わり。
私が早めに編集部を出ようとすると、冬馬先輩に呼び止められた。
「少し待て。俺もそろそろ帰る」
「いえ、あの……」
……今日はあまり一緒に帰りたい気分じゃない。
「えっと、私、寄るところがあるので、先輩とは別々に……」
「寄るとは、どこに」
「え、えっとぉ……」
今、適当に嘘をついたので、追及されてしどろもどろになる。
「寄り道をするなら、俺も付き合う」
「いや、あのぉ……」
困り果てた末に、諦めて細く息をついた。
「…………バーガーショップで晩御飯食べようかなあ、と」
「珍しいな」
「あはは~……」
「では、行くか」
先輩は私と話している最中に帰り支度を終えたらしい。
デスクから立ち上がると、鞄を持って私の隣に並んだ。
「だが、栄養が偏っていないか? お前のことだから、ジャンクフードで済ませているのではあるまいな」
「一応、自炊はしてますよ」
「今度、2人分の弁当を作ってくるのもやぶさかではないが」
「いえ、そこまではご迷惑をかけてしまうので……」
……だ、ダメだ……。
距離を取ろうとしてるのに、先輩が詰めてくる……。
編集部を出ようとしている私たちの背後で、
「氷室さんって、あんなに人に優しく出来るんだ……」
という、編集者たちのつぶやきが聞こえていた。
女性社員が恨みがましい目で私を見ている。
その視線に、私は戸惑うばかりだった。
……冬馬先輩から任命された、雑誌の巻頭特集。
先輩から「悪くない」とお墨付きをもらい、無事にデザイン班に回すことができた。
このまま順調に行けば、再来月辺りには私の初仕事が仕上がることになるだろう。
「小日向さん、すごいなあ。私の考えた企画が、こんなことになるなんて」
同期の小泉唄子さんが、まだ信じられないという顔で私を見ている。
そもそもは、彼女が冬馬先輩に提出しようとした企画書を私が代わりに提出した。
それを、先輩に「お前がやれ」と、いきなり大仕事を任されたのである。
「小泉さんが考えた企画が良かったんだよ」
「――本当にそうかな」
それは小泉さんの声ではなかった。
驚いて声のした方を見ると、別の女性社員が立っている。
たしか、冬馬先輩に企画書を却下されて泣いていた――。
「犀川さん……」
――犀川きらら。
華やかな印象を与える、私や小泉さんの先輩にあたる人。
そのパッチリした目は、今、私を睨むように見ている。
「あの企画、通ったんだね。おめでとう」
「ありがとうございます……」
「さすが、『氷室さんのお気に入り』はすごいね」
……その言い方には棘がある。
なんと返せばいいのか分からず、私は戸惑いのまま犀川さんを見つめ返した。
「小泉さんがあの企画考えたんだね」
「は、はい……」
犀川さんに名指しされて、小泉さんもやや緊張気味に返す。
「でもさ、小泉さんがあの企画出してたら、本当に通ってたと思う?」
「……どういう意味ですか?」
私が問い返すと、犀川さんは肩をすくめて笑っていた。
「あの企画、もしかしたら『小日向さんが出したから』通ったのかもしれないよ?」
「え……」
「だって、明らかに氷室さんの様子おかしいもの。他の人には厳しいのに、小日向さんだけ別格の扱い」
呆然としている私の顔を、犀川さんが下から覗き込む。
その目は瞳孔が開いていた。
「――そういうのさあ、『贔屓』っていうんじゃないの?」
「そんな……」
「――こら、犀川ちゃん。そこまでにしときな~?」
場違いなほど陽気な声がして、犀川さんが私から距離を取る。
「なによ、田島。あんたまで小日向さんの味方ってわけ?」
「な~に言ってんの、俺は全ての女の子の味方だよ~?」
「その言い方、きしょいからやめて」
バチコン、と音がしそうなウィンクをする田島さんに、犀川さんはゴミを見るような目で切り捨てた。
「ま、冗談はさておき。氷室ちゃんはこういう無用な争い、嫌いだと思うけど」
「火種を生み出してるのはあの人でしょ。私だって頑張ってるのに……」
不満げに頬を膨らませる犀川さんに、田島さんは苦笑いを浮かべている。
「ごめんねえ、小日向ちゃんに小泉ちゃん。犀川ちゃん、氷室ちゃんに企画却下されて八つ当たりしてるだけだから」
「そんなことないし」
「犀川ちゃん。『感情で仕事するな』って氷室ちゃんに言われたでしょ。また怒られるよ~?」
田島さんの言葉が決定打となったのか、犀川さんは図星を突かれたように押し黙った。
そして、「……ふん」と拗ねたようにその場を立ち去る。
「びっくりした……」
小泉さんは呆気にとられた顔をしていた。
「ホントごめんね。犀川ちゃん、ちょっとご機嫌斜めみたい」
「いえ……」
「でも、たしかに氷室ちゃん、他の人にはそこまでしないんだよねえ」
田島さんは不思議そうに首を傾げている。
「……」
私は浮かない気分になっていた。
――贔屓。
その言葉が、鉛のように胸の中に重く詰まっている。
……他の人には、しない……?
……私は、本当に実力で通ったのだろうか?
「――小日向。帰るのか」
仕事終わり。
私が早めに編集部を出ようとすると、冬馬先輩に呼び止められた。
「少し待て。俺もそろそろ帰る」
「いえ、あの……」
……今日はあまり一緒に帰りたい気分じゃない。
「えっと、私、寄るところがあるので、先輩とは別々に……」
「寄るとは、どこに」
「え、えっとぉ……」
今、適当に嘘をついたので、追及されてしどろもどろになる。
「寄り道をするなら、俺も付き合う」
「いや、あのぉ……」
困り果てた末に、諦めて細く息をついた。
「…………バーガーショップで晩御飯食べようかなあ、と」
「珍しいな」
「あはは~……」
「では、行くか」
先輩は私と話している最中に帰り支度を終えたらしい。
デスクから立ち上がると、鞄を持って私の隣に並んだ。
「だが、栄養が偏っていないか? お前のことだから、ジャンクフードで済ませているのではあるまいな」
「一応、自炊はしてますよ」
「今度、2人分の弁当を作ってくるのもやぶさかではないが」
「いえ、そこまではご迷惑をかけてしまうので……」
……だ、ダメだ……。
距離を取ろうとしてるのに、先輩が詰めてくる……。
編集部を出ようとしている私たちの背後で、
「氷室さんって、あんなに人に優しく出来るんだ……」
という、編集者たちのつぶやきが聞こえていた。