君が感情をくれたから
 「それで、ここが理科室だよ!隣の準備室は先生の許可がないと入れないから覚えておいてね」
 「わかりました」
 午前中の授業が終わり、給食を食べ終わった昼休み。
 僕は花﨑さんに学校を案内してもらっていた。
 彼女のおかげで、何の教室がどこにあるかは大体把握できた。
 校内を回っている間、花﨑さんはいろんな人に話しかけられていた。
 やっぱり、人気者なのだろう・・・。
 「じゃあ、次は図書館に行こっか!」
 「図書室・・・」
 図書室は僕にとって、学校で唯一安心できる場所だった。
 誰のことも気にしなくても良いし、人の感情という物を知ることが出来る本が沢山あるあの場所は特別な場所だ・・・。
 読書は・・・僕の趣味といえるものだから。
 「うちの学校の図書室はね、大きいし驚くほど沢山の本があるんだよ!」
 キラキラした目で図書室について話す彼女は、本が好き、なのだろうか・・・。
 「静海くんは本、好き?」
 花﨑さんは、急にそんなことを聞いてきた。
 好き。
 それは、僕がいまいち理解できていないものだった。
 生まれてこの方、何かを好きだと実感出来たことがない。
 それでも、趣味にするくらいだから・・・好きなのだろうか。
 「・・・うん、まぁ、好きだと思います」
 そう言うと花﨑さんは、キラキラさせていた目を更にキラキラさせて、「そうなの!」と聞いてきた。
 「うん。読書は僕の趣味みたいなものだから・・・」
 「そうなんだ・・・じゃあ、どこが好きなの?」
 「どこ、なんでしょうね」
 僕は本のどこが好き、なのだろう・・・。
 自分のことなのに、よく分からなかった。
 「感情・・・」
 「ん?」
 「感情が分かる・・・」
 僕が読書をする理由は、感情を知るためだ。
 だから、きっとそこが好きなはず・・・。
 少し変な感じはするけど・・・。
 「そんなに、好きなんだね!」
 「どうして、ですか・・・?」
 「だって、真剣に考えてたから。そんなに考えてったてことは、好きなところがありすぎて選べないってことでしょう?」
 「・・・」
 そんなことはない。
 むしろ、その逆だ。
 好きなところが分からないから、考えてただけで・・・。
 花﨑さんの目には、真剣に見えてたのかな・・・?
 「そう、なのかもしれないね・・・」
 また他人事だ・・・。
 一体、僕はいつになったら自分のことが分かるようになるのだろう。
 「静海くんは、不思議だね・・・」
 花﨑さんが呟く。
 僕が、不思議・・・?
 「どうしてですか?」
 そう聞くと、彼女は、少し悲しそうに笑って口を開いた。
 「自分のことを話しているはずなのに、他の誰かのことを語っているみたい」
 「・・・」
 僕は、周りからもそう見えるのか・・・。
 ちょっとだけ、胸が痛んだ気がした。
 それでも、自分のことが分からなかった。
 「そうなのかも、知れないですね・・・」
 また、他人事・・・。
 「また他人事だよ」
 花﨑さんは、僕が思っていることをそのまま口にした。
 また胸が痛んだ気がする・・・。
 自分で思うのと、人から言われるのでは違うのかも知れない・・・。
 「私は、あなたのことが知りたいな・・・」
 彼女のつぶやきは、僕に届くことなく空気に溶けていった。
 
 
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