ノンデリ男の敗北 ~モテる俺が法学部女子に告白したら「私は好きではありません」と普通に振られた~
五月の連休には、俺の実家へ行った。
今度は凛が、玄関の前で服の裾を整えていた。
俺は呼び鈴を押す前に、小さな声で言った。
「俺も話すから。」
凛が顔を上げた。
それから、あの日の電車と同じように頷いた。
結婚の報告をすると、母さんは嬉しそうに何度も頷いた。
「凛さん、本当にこの子でいいの?」
「それ、本人の前で聞く?」
凛は笑ってから、姿勢を正した。
「はい。夏樹くんとなら、困ったことも話し合えると思っています。」
嬉しかった。
でも、思ってもらえているだけで満足したくはなかった。
父さんに住む場所のことを聞かれ、俺は凛と見ていた沿線を伝えた。
まだ決まっていないことは、決まっていないと答えた。
帰り際、母さんが凛に「また来てね。」と言った。
凛が「はい。」と笑って、その隣で俺も靴を履いた。
次に来るときは、新しい住所を伝えられたらいいなと思った。
◇
五月の終わり。
内見の前に入ったカフェで、俺たちはそれぞれスマホをテーブルに置いた。
「俺、二つに絞った。」
「私も二つ。」
凛が画面をこちらへ向けた。
「ここ、駅から十分くらい。スーパーは帰り道にあるよ。」
「あ、それ俺も見た。」
自分の画面を見せると、同じ建物の写真が並んだ。
「一個かぶったな。」
「夏樹くんは、どこがよかったの?」
「キッチン。二人で立てそうだったから。あと、隣の部屋に机置けそう。」
凛が間取りを拡大した。
「私は収納。二人分の服と、本も入りそうだなって。」
同じ部屋を見ていても、気にしているところは違った。
凛の説明を聞いてから写真を見直すと、確かに棚を置く場所まで考えられそうだった。
もう一つずつの候補も見せ合った。
俺が選んだ駅に近い部屋は少し狭く、凛の候補は広い代わりに、俺の通勤の乗り換えが増えた。
「写真だけだと、決められないね。」
「うん。今日、ちゃんと見よう。」
俺はスマホのメモを開いた。
冬から書き足していた希望の下に、収納と乗り換えのことを加えた。
◇
カフェを出たあと、不動産会社の担当者と待ち合わせて、候補の部屋を見に行った。
建物の前で凛と顔を見合わせてから、案内された部屋へ入った。
二人とも選んでいた部屋は、写真より少し小さく感じた。
それでも、キッチンに並んで立つと、後ろを通る余裕があった。
担当の人が窓を開けている間に、凛が流しの下の引き出しを開けた。
俺は一歩横へずれた。
「ここなら、避けなくても開くよ。」
「もう癖になってる。」
凛が笑った。
隣の部屋には、小さな机を置けそうだった。
扉を閉めれば、俺がテレビを見ていても、凛は本を読めるかもしれなかった。
「ベッド置くなら、こっちかな。」
「寸法、測ってからね。」
「うん。……ここに凛がいるの、想像できる。」
凛は窓からこちらを振り返った。
「今、いるけど。」
「そうじゃなくて。毎日。」
言ってから、急に照れた。
凛も少し目を伏せて、空っぽの部屋を見回した。
「……私は、ここに本棚置きたい。」
その場所を、俺も一緒に見た。

内見を終えたあと、駅まで歩く時間を測った。
スーパーにも寄って、いつも買う食材の値段を見た。
部屋はよかった。
ただ、帰り道の明るさは、昼間にはわからなかった。
「平日の夜、もう一回来てみない?」
俺が聞くと、凛は頷いた。
「うん。仕事帰りに歩いてみたい。」
すぐに申し込みたい気持ちを抑えて、二人の予定を確認した。
◇