ノンデリ男の敗北 ~モテる俺が法学部女子に告白したら「私は好きではありません」と普通に振られた~
六月に入った日曜日。
俺の部屋のテーブルには、物件の資料とノートが並んでいた。
初期費用を書き出していた凛が、ペンを止めた。
「結婚式は、いつ頃にしようか。」
俺もスマホを置いた。
「凛は、希望ある?」
「……来年の、付き合い始めた日は?」
九月の終わり。
大学の中庭で、凛が好きだと言ってくれた日だった。
「その日に、式?」
「うん。準備する時間も取れるし。夏樹くんはどう?」
「俺も、その日がいい。」
返事をしてから、予定表を翌年まで送った。
二〇二八年の九月は、まだ何も入っていなかった。
「会場が空いてるか、調べないとな。」
「両方の親にも相談しよう。入籍をいつにするかも。」
「うん。一個ずつ決めよう。」
俺は交際記念日の欄に、『結婚式・希望』と入力した。
凛が横からのぞき込んだ。
「まだ仮だね。」
「でも、入れときたくて。」
「私も入れよう。」
凛もスマホを手に取った。
「来年のこの日、俺、絶対泣くと思う。」
「まだ会場も決まってないのに?」
「そこはもう、わかる。」
凛は笑いながら、予定を保存した。
去年は、一緒に住めたらいいと話していた。
今はテーブルの上に、部屋の寸法を書いたメモがあって、予定表には結婚式を挙げたい日が入っていた。
凛がノートを閉じて、時計を見た。
「そろそろ帰らなきゃ。」
「……もうそんな時間?」
窓の外は、いつの間にか暗くなっていた。
俺が立ち上がると、凛も鞄を手に取った。
何度も繰り返してきた、駅まで送る前の支度だった。
「一緒に住んだらさ。」
「うん?」
「この時間になっても、凛、帰らなくていいんだよな。」
凛は鞄の持ち手に目を落とした。
それから、少しだけ口元を緩めた。
「そこが、私の家にもなるからね。」
「……そっか。」
自分で言い出したのに、凛の口から聞くと、頬が緩んだ。
「俺、毎日急いで帰りそう。」
「寄り道はしてきてね。」
「え?」
「牛乳とか、卵とか。帰りにお願いすると思うから。」
「ああ、それなら任せて。」
玄関で靴を履きながら、二人で笑った。
凛が先に外へ出て、俺が鍵をかけるのを待っていた。
差し出された手を握ると、小さな指が絡んだ。
「今日は、駅までね。」
凛が俺を見上げた。
「うん。」
その日は、いつもの道を駅まで歩いた。
凛の家と俺の家の間にある道を、手をつないで。
次にあの部屋を見に行くのは、水曜日の仕事帰りだった。