ノンデリ男の敗北 ~モテる俺が法学部女子に告白したら「私は好きではありません」と普通に振られた~
六月の土曜日、久しぶりに六人で昼飯を食べた。
店に最後に入ってきたのは、田中と美奈だった。
「二人、一緒だったんだ。」
凛が声をかけると、美奈が田中の隣に座った。
「駅で待ち合わせたの。私が出口間違えちゃって、この人に迎えに来てもらった。」
「反対側にいるって言われたとき、帰ろうかと思ったわ。」
「でも、来てくれたじゃん。」
美奈が笑うと、田中は何も言わず、水の入ったグラスを持った。
俺はちょっとだけ、口元を押さえた。
料理が揃ったところで、結婚式の話になった。
「九月、楽しみだね。」
詩織の言葉に、凛も嬉しそうに頷いた。
「うん。準備してたら、あっという間に近づいてきた。」
「夏樹、ちゃんとやってる?」
田中に聞かれ、俺は顔を上げた。
「やってるよ。昨日も席、考えてた。」
「お前、しゃべりたい相手、全員隣に置こうとしてない?」
「……最初ちょっと。」
小川が笑い、凛まで頷いた。
「六人で同じテーブルに座りたいって言ってた。」
「それ、主役が来ちゃうじゃん。」
美奈に言われて、俺も笑った。
詩織が小川のほうを見たのは、そのあとだった。
「私たちも、この前、住む場所の話をしたんだ。」
思わず、「じゃあ、次は」と言いかけて、口を閉じた。
まずは、二人がどんな話をしたのか聞きたかった。
小川が、詩織を見てから続けた。
「詩織、今は仕事が忙しいから、引っ越しはもう少し落ち着いてからがいいって。」
「うん。今の仕事は続けたいし、一緒に住むために通勤が大変になるのも、違うかなと思って。」
「俺も今の部屋、更新まで時間あるし。その間に見てみようって話してる。」
「そっか。二人とも通いやすい場所、あるといいな。」
俺が言うと、詩織は頷いた。
「うん。まず、お互いの譲れないところから。」
「詩織、本置く場所は絶対いるって。」
「小川くんも、机は大きいのがいいって言ってたでしょ。」
二人は顔を見合わせて笑った。
俺たちが部屋を探していたときとは、条件も、決めたい時期も違った。
小川がスマホで見せてくれた沿線を、みんなでのぞき込んだ。
食後、店を出たところで、美奈が田中の袖を引いた。
「ねえ、このあと時間ある?」
「あるけど。」
「駅の向こうに、行きたい店あるんだ。一緒に行かない?」
「何の店?」
「服。……田中に、どっちが似合うか見てほしくて。」
田中が一度、美奈を見た。
「俺でいいの?」
「田中がいいから誘ってるんだけど。」
いつもより少し早口だった。
田中は目をそらしてから、「じゃあ、行くか。」と答えた。
聞こえなかったふりをして凛を見ると、凛も俺を見上げていた。
二人で、少しだけ笑った。
◇
九月に入ると、式場との連絡も増えた。
花の持ち込みについては、式場に確認したうえで、いつもの花屋にも二人で相談に行っていた。
俺たちの席の前に飾る花と、ブーケトス用の小さな花束を、お願いできることになった。
白に淡い黄色を合わせた花。
店主に見せてもらった写真を、凛は帰りの電車でも眺めていた。
楽しみが増える一方で、仕事の提出期限が重なる週もあった。
朝のうちに、先輩に確認したいところをまとめて聞いた。
返事が必要なものは早めに送り、夕方には資料を見直せるように進めた。
それでも帰りが遅くなる日はあった。
わかった時点で凛に連絡し、その夜にできない確認は、いつならできるかも伝えた。
「あとでやる。」と言ったままにして、凛に何度も聞かせたくはなかった。
水曜日の夜、帰宅すると、凛がノートパソコンを開いていた。
「ただいま。席次表の名前、確認してる?」
「うん。あと少し。」
買ってきた弁当を置いて手を洗い、凛の隣に座った。
「俺のほうの分、親にも確認してもらった。直すの、一か所あったから一緒に見ていい?」
「お願い。」
画面と返信を照らし合わせた。
名前の漢字を直し、ほかに間違いがないか、もう一度目を通した。
確認が終わると、凛が肩を回した。
「終わった……。」
「飯にしよ。」
弁当の袋を引き寄せると、凛が中をのぞいた。
「私の好きなやつ。」
「最後の一個だった。」
弁当を温める間に、資料を端へ寄せた。
凛が箸を出し、俺が麦茶を注いだ。
食べ始めてしばらくして、凛が言った。
「準備、大変だけど、楽しかったね。」
「まだ終わってないよ。」
「うん。でも、一緒に選べてよかった。」
俺は箸を止めた。
「俺も。花屋で相談してるとき、凛、すごい真剣だったよな。」
「夏樹くんも、写真何回も見比べてたでしょ。」
「どっちもよかったから。」
「迷ったね。」
「うん。でも、決めたほう、早く見たい。」
凛が頷いた。
当日、あの花が俺たちの前に飾られるところを想像すると、少し落ち着かなくなった。
「料理も楽しみだね。」
「試食、おいしかったな。」
すぐに返したら、凛が笑った。
俺も笑って、残っていた一口を食べた。
片づけのあと、凛が予定表を開いた。
何も入っていなかった二〇二八年の九月には、もういくつも予定が並んでいた。
その中の、交際記念日。
「もうすぐだね。」
凛が画面に指を添えた。
「うん。」
去年、この日を予定表に入れたときは、まだ別々の家に帰っていた。
今は同じ家で、並んでその日を待っていた。
俺は、凛の手を握った。
「当日、いっぱい楽しもうな。」
「夏樹くん、泣いててもご飯は食べてね。」
「そこ、心配されてんの?」
「楽しみにしてたのに、食べられなかったら残念でしょ。」
「……確かに。」
泣かないとは、言えなかった。
笑った凛の指が、俺の手を握り返した。