そこにあったはずの愛
第百七話「ポートフォリオ」

作品を選ぶのに、三日かかった。

 

描き溜めてきた中から、何を持っていくべきか。

何度も並べ替えて、結局、一番自分らしいと思えるものだけを選んだ。

 

 

指定された日、玲依の父が勤める会社を訪れた。

通されたのは、思っていたより広い会議室だった。

 

長テーブルの向こうに、三人。

真ん中に玲依の父、その両隣に、見知らぬ社員が二人。

 

「本日は、よろしくお願いします」

 

深く頭を下げた。

想像していたよりずっと、正式な場だった。

 

 

「では、拝見しましょうか」

 

進行役らしい女性社員が、そう切り出す。

玲依の父は、他の二人と同じ距離感で、こちらを見ていた。

私情を挟まない、フラットな目だった。

 

 

作品を、一枚ずつ並べていく。

手が、微かに震えているのが分かった。

 

「この構図は、意図的なものですか」

 

男性社員の問いに、頷いた。

 

「はい。視線誘導を、左下から始まるように設計しました」

 

「なるほど。色彩のコントラストは?」

 

一つひとつの問いに、丁寧に答えていく。

自分の中では当たり前だった選択を、言葉にして説明するのは、思っていたより難しかった。

 

 

「率直に言うと」

 

女性社員が、一枚の絵を指差した。

 

「技術は高い。けれど、広告としての訴求力には、まだ課題があります」

 

胸の奥が、ひやりとした。

 

「絵として美しいことと、伝わることは、必ずしも一致しません。そこは、これから鍛える部分になるでしょう」

 

厳しい言葉だった。

けれど、不思議と腹は立たなかった。

むしろ、真剣に見てもらえているという実感の方が強かった。

 

 

「一方で」

 

玲依の父が、初めて口を開いた。

 

「この一枚の、光の使い方は面白い。素人目にも、印象に残る」

 

指差されたのは、凛が一番時間をかけた作品だった。

 

「感覚だけで描いているわけではなさそうだ。理論が、ちゃんとある」

 

淡々とした評価。

けれど、そこに嘘のない実感があるのが伝わってきた。

 

 

質疑応答が、一時間近く続いた。

終わる頃には、シャツが背中に張り付いているのが分かった。

 

「本日は、以上です。結果は、追ってご連絡します」

 

進行役の言葉に、もう一度頭を下げた。

 

 

一週間後、連絡が来た。

 

「内々定です」

 

電話越しの声に、しばらく言葉が出なかった。

 

「入社は来春から。それまでに、実務で使うソフトの基礎は、身につけておいてください」

 

淡々とした事務的な言葉。

けれどその一言一言が、じわじわと現実味を帯びていく。

 

 

電話を切ったあと、しばらく立ち尽くしていた。

自分の力で、掴んだ結果だった。

 

コネじゃない。

学生だからでも、玲依の恋人だからでもない。

 

作品を、見てもらえた。

その事実だけで、胸がいっぱいだった。

 

 

その夜、玲依のマンションを訪ねた。

 

「どうだった?」

 

玄関先で、待ちきれない様子の玲依が聞いてくる。

 

「内々定、もらった」

 

言った瞬間、玲依の顔がくしゃっと崩れた。

泣くのを堪えているような、それでいて誰よりも嬉しそうな顔だった。

 

「よかった」

 

短い言葉に、万感が込められていた。

 

腕の中に抱き寄せられて、初めて、自分がどれだけ緊張していたかに気づいた。

 

「凛の絵、ちゃんと届いたんだね」

 

その一言が、何よりのご褒美だった。
< 107 / 126 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop