そこにあったはずの愛
番外編2話の3「黒崎玲依という人」

数日前から、凛の様子が少し変だった。

 

笑ってはいるけれど、どこか無理をしているような、そんな違和感。

理由を聞いても、はぐらかされるばかりだった。

 

 

いつも通り、大学の正門で待ち合わせた。

凛が、講義棟から歩いてくるのが見える。

 

その少し後ろに、数人の男子学生の姿があった。

 

 

「あ、あの人だ」

 

聞こえてきた声に、意識が向く。

 

「送迎付きの」

 

にやついた笑いを含んだ声。

視線が、こちらに向けられているのが分かった。

 

 

凛の表情が、一瞬で強張った。

 

その反応だけで、大方の察しがついた。

数日の違和感の正体が、これだったのだろう。

 

 

「なあ赤羽、俺らにもあの人紹介してくれよ」

 

からかうような口調で、一人が声を上げる。

 

凛が、何か言い返そうとするのを、目で制した。

 

 

にこりと、微笑んで見せた。

 

「初めまして。凛とお付き合いしている、黒崎です」

 

穏やかな声で、そう名乗った。

 

 

「へえ、付き合ってる、ね」

 

嘲るような響きが、言葉の端に滲んでいた。

 

「そういうことにしといてあげるよ」

 

その奥にある悪意を、見逃さなかった。

 

「凛に、失礼な言葉を投げかけた方々かしら」

 

 

穏やかな口調のまま、核心を突いた。

 

一瞬で、相手の表情が固まる。

 

「い、いや、そんな」

 

「否定するということは、心当たりがあるのね」

 

 

論理的に、逃げ場を塞いでいく。

声を荒げる必要は、まったくなかった。

 

「若いうちは、言葉の重みを軽く見てしまいがちだけど」

 

微笑みを絶やさないまま、続けた。

 

「大学の外に出れば、それが評価に直結する場面も、いくらでもあるのよ」

 

 

言葉自体は、脅しでも何でもない。

けれど、その響きに、相手は明らかに気圧されていた。

 

「就活でも、社会に出てからも、どんな言葉を使う人間か、意外とちゃんと見られているものだから」

 

 

「……すみませんでした」

 

一人が、小さく頭を下げた。

 

つられるように、他の数人も、同じように頭を下げる。

 

 

「分かってもらえたなら、良かった」

 

最後まで、穏やかな笑みを崩さなかった。

 

 

その場を離れていく背中を見送りながら、隣の凛が、呆然とした顔でこちらを見ていた。

 

「玲依さん」

 

「うん?」

 

「今の、めちゃくちゃかっこよかった」

 

素直な言葉に、少し笑ってしまった。

 

 

「何があったの、ちゃんと聞かせて」

 

改めて、そう尋ねた。

 

凛が、少し躊躇いながら、口を開いた。

 

 

数日前のこと、投げつけられた言葉、麻由香が間に入ってくれたこと。

一つひとつを、丁寧に聞いた。

 

聞き終える頃には、静かな怒りが、胸の奥で燃えていた。

 

 

「教えてくれて、ありがとう」

 

「ごめん、心配かけたくなくて」

 

「そういうの、もういいから」

 

凛の手を、そっと握った。

 

 

「一人で抱え込まないで。私は、そのためにいるんだから」

 

その言葉に、凛の表情が、ゆっくりと緩んでいった。

 

 

「玲依さんが、こんなに強い人だって、改めて分かった」

 

「凛のためなら、いくらでも強くなれるよ」

 

 

繋いだ手に、少し力を込めた。

 

これからも、何かあれば、隣で守っていける自分でいたい。

そう、静かに思った。
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