そこにあったはずの愛
番外編3話「彼より知ってる男はいない」

同居してから、外で待ち合わせることが、めっきり減っていた。

 

家を出るところから、帰るところまで、いつも一緒。

それはそれで幸せだったけれど、今日は、久しぶりに凛の大学終わりに合わせて、外で待ち合わせることにした。

 

 

指定した場所に、約束の時間より早く着いた。

スマホを眺めながら、人待ち顔で立っていると、不意に声をかけられた。

 

「ねぇ、1人?」

 

 

見ると、軽薄な笑みを浮かべた男が立っていた。

馴れ馴れしい距離感。

品定めするような視線。

 

 

その軽さに、思わず、ふっと笑ってしまった。

 

三年前、バイト先で凛に声をかけられた時のことを、ふと思い出したから。

あの頃の凛も、こんな風に、軽い調子で近づいてきた。

 

もっとも、あの時の凛の裏には、まったく違う本気が隠れていたのだけれど。

 

 

「ううん、待ち合わせ」

 

軽く、そう返した。

 

「えー、そんなヤツ放っておいて、俺と遊ぼうよ」

 

引く気配のない声。

面倒だと思いながら、視線を逸らした。

 

 

「ねぇ、俺の彼女に何、手出してんの?」

 

背後から、聞き慣れた声がした。

 

振り返らなくても分かる。

 

 

凛が、こちらに向かって歩いてくる。

口調は軽い。

けれど、その目には、はっきりとした真剣さがあった。

 

 

「は? 別に、いいじゃん。ちょっと話してただけだし」

 

男が、まだへらへらとした調子で言い返す。

 

凛は、まだ少し離れたところから、こちらに向かって歩いてくる途中だった。

 

 

その隙に、男が顔を寄せて、耳元で囁いてくる。

 

「えー、俺のがお姉さんを、気持ち良くできるよ」

 

 

不快感より先に、笑いがこみ上げてきた。

三年間、この男よりもずっと不器用で、それでいて誰よりも真剣だった人を知っている。

 

 

男の耳元に、顔を寄せた。

 

「彼より、私を知り尽くしてる男はいない」

 

 

静かに、けれどはっきりと、そう告げた。

 

男が、呆気に取られたような顔をする。

 

 

ちょうどそこへ、凛が追いついた。

 

「ねぇ、何て言ったの? 今!」

 

不服そうに、こちらを覗き込んでくる。

その顔が、たまらなく可愛かった。

 

「秘密」

 

いたずらっぽく、笑って見せた。

 

「ええ、なんで」

 

食い下がる凛の横で、男の顔だけが、まだ引きつっている。

何を言われたのか分からないなりに、只事ではないと悟ったような表情だった。

 

 

凛の腕に、そっと自分の腕を絡めた。

 

「行こう」

 

 

歩き出す背中に、男の呆然とした視線が突き刺さっているのが分かった。

 

 

少し歩いたところで、凛が、まだ納得いかない様子で口を尖らせた。

 

「絶対教えてよ、あとで」

 

「気になる?」

 

「気になるに決まってるでしょ」

 

その反応が可愛くて、つい笑ってしまった。

 

 

「実はね、三年前のこと、思い出してたの」

 

「三年前?」

 

「凛も、あんな感じで声かけてきたなって」

 

「俺、あんなに軽薄だった?」

 

 

からかうように聞かれて、笑ってしまった。

 

「もっと必死だったよ。今思えば」

 

 

繋いだ腕に、少し力を込めた。

 

三年前の遠回りも、今のこの瞬間も、全部含めて、凛だけを知っている。

 

その事実が、何よりも誇らしかった。
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