そこにあったはずの愛
番外編3「誰にも見せなかった顔」凛編

告白されるのは、初めてじゃなかった。

 

高校の頃から、何度か声をかけられてきた。

顔がいいと言われることには、慣れていた。

 

けれど、その全部を、やんわりとかわしてきた。

 

 

「バイトが忙しいから」

 

いつも、そう言って断った。

嘘ではなかった。

けれど、それだけが理由でもなかった。

 

 

誰かと深く関わるということは、自分の生活を知られるということだった。

 

隙間風の入る、古いアパート。

母が、女手一つで自分を育ててきたこと。

中学まで、特に貧しかったこと。

 

そのすべてを、誰かに見せることが、怖かった。

 

 

好意を持ってくれる相手が現れるたび、頭のどこかで、冷静な自分が囁いた。

 

深入りすれば、いずれ知られる。

惨めな暮らしぶりを、哀れむような目で見られる。

 

それくらいなら、最初から、誰も踏み込ませない方がいい。

 

 

母のことも、頭をよぎった。

 

女手一つで、自分を育ててきた母。

昼夜働き詰めで、疲れた顔をいつも見せまいとしていた母。

 

恋愛や結婚が、母をどれだけ苦しめてきたのか、はっきりとは知らない。

けれど、幼心に、なんとなく感じ取っていた。

 

深い関係というものが、時に人を、こんなにも追い詰めるのだと。

 

 

だから、誰も好きにならないようにした。

 

正確には、好きになりかけても、その手前で、いつも立ち止まった。

 

本気で誰かを好きになれば、失うことも怖くなる。

今の生活だけで、精一杯だった。

それ以上の感情を、背負う余裕なんて、どこにもなかった。

 

 

誰にでも、軽やかに接した。

誰にも、深入りさせなかった。

 

それが、いつしか、自分なりの処世術になっていた。

 

友人たちからは、「掴みどころがない」と言われることもあった。

否定はしなかった。

そう見えるように、自分で作り上げてきた顔だったから。

 

 

本当の自分は、もっとずっと、不器用だった。

 

誰かに寄りかかることも、誰かに寄りかかられることも、怖かった。

自分の弱さを、誰にも見せたくなかった。

 

だから、誰にも、本当の顔を見せずにきた。

 

 

大学に入ってからも、その処世術は変わらなかった。

バイトと学業に明け暮れる日々。

恋愛に割く時間も、心の余裕も、相変わらずなかった。

 

このまま、誰にも深く関わらずに、時間だけが過ぎていくのだと思っていた。

 

 

けれど。

 

その考えは、ある日、あっけなく崩れることになる。

 

 

バイト先に、一人の女性が現れた日から。

誰にも見せなかったはずの顔を、一番見せたくなかったはずの相手にこそ、結局は見せてしまうことになるとは、その時はまだ、知る由もなかった。
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