そこにあったはずの愛
番外編5「見ていただけの三年間」麻由香編
入学式の日、講堂の中で、その人を見た。
理由なんて、うまく説明できなかった。
ただ、人混みの中でも、なぜかその一人にだけ、目が吸い寄せられた。
赤羽凛。
隣の席の子が、名簿を見ながらそう教えてくれた。
それから、なんとなく、目で追うようになった。
授業で見かければ、少し気にする。
すれ違えば、心臓が微かに跳ねる。
それだけの、ささやかな片想いだった。
声をかける勇気は、なかった。
積極的な性格ではなかったし、何より、彼にはいつも、どこか近寄りがたい空気があった。
誰にでも愛想はいいのに、誰とも深くは関わらない。
そんな距離感が、余計に気になった。
だから、遠くから見ているだけの日々が続いた。
友人として言葉を交わすことはあっても、それ以上には踏み込めなかった。
自分から動く勇気が、どうしても出なかった。
一年の夏頃だっただろうか。
ある日を境に、凛の雰囲気が、明らかに変わった。
それまでの、少し軽い、掴みどころのない空気とは違う。
どこか、大人びた陰影が、表情に加わっていた。
何かあったのだと、直感的に悟った。
理由までは、分からなかった。
けれど、恋なのか、それとも別の何かなのか、これまでとは違う重みを、彼が背負い始めたのは分かった。
それからの三年間。
凛は、少しずつ、疲れを蓄積させていくように見えた。
授業中、微かに見せる疲労の色。
以前より、口数が減った日。
心配になって声をかけても、いつも「大丈夫」という、軽い返事しか返ってこなかった。
不思議なことが、あった。
数日に一度、普段とはまるで違う、身なりを整えた凛が、大学に来ることがあった。
いつもより丁寧に整えられた髪型。
着慣れない様子の、きちんとした服。
誰かに会いに行くのだろうと、なんとなく察した。
けれど、それが誰なのか、どんな関係なのか、知る術はなかった。
気になって、それとなく探りを入れたこともあった。
「最近、忙しそうだね」
「まあ、色々あって」
いつも、それ以上は踏み込ませない返事だった。
声にできない想いを、抱えたまま、時間だけが過ぎていった。
好きだと、一度も言えないまま。
言えば、何かが変わったのだろうか。
それとも、何も変わらなかったのだろうか。
答えは、永遠に分からなかった。
もし、入学式のあの日、自分が先に声をかけていたら。
そんな問いが、時折、頭をよぎった。
けれど、想像しても、意味がないことは分かっていた。
彼の心は、もうとっくに、誰か別の人のものだったのだろうから。
見ているだけの三年間。
それが、自分に許された、精一杯の関わり方だった。
疲れていく凛を、ただ見守ることしかできない。
その無力さを、何度も噛みしめながら、それでも、目を離すことができなかった。
入学式の日、講堂の中で、その人を見た。
理由なんて、うまく説明できなかった。
ただ、人混みの中でも、なぜかその一人にだけ、目が吸い寄せられた。
赤羽凛。
隣の席の子が、名簿を見ながらそう教えてくれた。
それから、なんとなく、目で追うようになった。
授業で見かければ、少し気にする。
すれ違えば、心臓が微かに跳ねる。
それだけの、ささやかな片想いだった。
声をかける勇気は、なかった。
積極的な性格ではなかったし、何より、彼にはいつも、どこか近寄りがたい空気があった。
誰にでも愛想はいいのに、誰とも深くは関わらない。
そんな距離感が、余計に気になった。
だから、遠くから見ているだけの日々が続いた。
友人として言葉を交わすことはあっても、それ以上には踏み込めなかった。
自分から動く勇気が、どうしても出なかった。
一年の夏頃だっただろうか。
ある日を境に、凛の雰囲気が、明らかに変わった。
それまでの、少し軽い、掴みどころのない空気とは違う。
どこか、大人びた陰影が、表情に加わっていた。
何かあったのだと、直感的に悟った。
理由までは、分からなかった。
けれど、恋なのか、それとも別の何かなのか、これまでとは違う重みを、彼が背負い始めたのは分かった。
それからの三年間。
凛は、少しずつ、疲れを蓄積させていくように見えた。
授業中、微かに見せる疲労の色。
以前より、口数が減った日。
心配になって声をかけても、いつも「大丈夫」という、軽い返事しか返ってこなかった。
不思議なことが、あった。
数日に一度、普段とはまるで違う、身なりを整えた凛が、大学に来ることがあった。
いつもより丁寧に整えられた髪型。
着慣れない様子の、きちんとした服。
誰かに会いに行くのだろうと、なんとなく察した。
けれど、それが誰なのか、どんな関係なのか、知る術はなかった。
気になって、それとなく探りを入れたこともあった。
「最近、忙しそうだね」
「まあ、色々あって」
いつも、それ以上は踏み込ませない返事だった。
声にできない想いを、抱えたまま、時間だけが過ぎていった。
好きだと、一度も言えないまま。
言えば、何かが変わったのだろうか。
それとも、何も変わらなかったのだろうか。
答えは、永遠に分からなかった。
もし、入学式のあの日、自分が先に声をかけていたら。
そんな問いが、時折、頭をよぎった。
けれど、想像しても、意味がないことは分かっていた。
彼の心は、もうとっくに、誰か別の人のものだったのだろうから。
見ているだけの三年間。
それが、自分に許された、精一杯の関わり方だった。
疲れていく凛を、ただ見守ることしかできない。
その無力さを、何度も噛みしめながら、それでも、目を離すことができなかった。