そこにあったはずの愛
第十二話 迎えに来た

「迎えに来た」

たった四文字が、やけにはっきりと耳に届いた。

意味を、すぐには理解できなかった。

迎えに来た。

その言葉の輪郭を、頭の中で何度もなぞる。

なぜ。

どうして。

三年間、そんなことは一度もなかったのに。

大理石の床に反射する夕暮れの光の中で、玲依はただ立ち尽くしていた。

隣で、彩奈が息を呑む気配がした。

沈黙が、痛いほど長く感じられた。

やがて、彩奈がそっと玲依の肩に触れた。

「私、帰るね」

短く、それだけ言って、彩奈は静かにその場を離れていった。

振り返ることもせず、まるで何かを察したように。

その後ろ姿が、自動ドアの向こうへ消えていく。

――

二人だけになったロビーは、急に広く、そして冷たく感じられた。

「なんで」

ようやく、それだけの言葉が口をついて出た。

凛は、少し困ったように笑った。

いつもの、あの笑い方だった。

けれど、その奥に滲む何かは、いつもと違っていた。

「既読、つかなかったから」

短い一言。

「心配、した」

その言葉が、鈍い痛みを伴って胸に落ちてきた。

――

言われて、初めて気づく。

そういえば、ここ数日、何度か返信できずにいた。

考え事に沈んで、気づけば画面を閉じていた夜が、一度や二度ではなかった。

自分でも、意識していなかった。

それほどまでに、何かに気を取られていたということに、今更ながら気づかされる。

「ごめん」

その一言しか、出てこなかった。

凛は、小さく首を振った。

「謝んなくていい」

「ただ、顔見たかっただけ」

その言葉に、玲依は返す言葉を失った。

――

ビルの外では、いつの間にか雨が降り始めていた。

ガラス越しに滲む街灯の光。

濡れたアスファルトの匂いが、自動ドアの隙間から漂ってくる。

三年間、この人には触れられても、心までは触れさせてこなかった。

そのはずだった。

なのに今、たった数文字の言葉に、こんなにも心を掻き乱されている。

「傘、持ってる?」

凛が、いつもの軽さでそう聞いてきた。

まるで、さっきまでの重さなど無かったかのように。

その切り替えの早さに、玲依は少しだけ救われた気がした。

「持ってない」

「じゃ、一緒に入ろ」

差し出された傘の下、二人分の距離が、いつもより近かった。

雨音だけが、しばらく二人の間を埋めていた。
< 12 / 36 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop