そこにあったはずの愛
第十三話 塗り替えられた言葉
傘の下、二人分の距離は狭かった。
会話はなかった。
雨音だけが、その沈黙を埋めていた。
いつもより長く感じる帰り道だった。
――
玄関の鍵を差し込む手が、いつもよりわずかに遅かった。
ドアを開けても、いつものような安堵はなかった。
部屋の空気さえ、今夜はどこかよそよそしい。
凛は、いつものようにソファへ座ろうとして、けれど中途半端な位置で立ち止まった。
落ち着かない、というのが、その背中から伝わってきた。
三年間、この部屋で誰よりも寛いでいたはずの人が、今夜は居場所を探しているように見えた。
――
玲依は、濡れた髪をタオルで拭きながら、ようやく口を開いた。
「どうして来たの」
「迎えに」という言葉は、選ばなかった。
そんな言葉を、自分の口から出すことはできなかった。
凛の視線が、一瞬だけ揺れた。
ほんの一瞬。
見逃してしまいそうなほどの、微かな揺らぎだった。
けれど玲依は、それを見逃さなかった。
「メッセージ、読んでくれないから」
いつもの軽い調子で、凛はそう答えた。
さっきまで確かにあった、あの四文字が、跡形もなく塗り替えられていた。
――
玲依は、何も言わなかった。
指摘すれば、何かが決定的に変わってしまう気がした。
見なかったことにする。
聞かなかったことにする。
そうすることに、今まで散々慣れてきたはずだった。
けれど今夜は、その選択に、以前とは違う感触があった。
塗り替えられた言葉に、安堵している自分がいた。
同時に、消えてしまったあの一言を、まだ手放したくない自分もいた。
矛盾したふたつの感情が、胸の中で静かにせめぎ合っていた。
――
「今日は、疲れた?」
凛が、いつもの調子で聞いてくる。
「別に」
短く返しながら、玲依はソファの隣に腰を下ろした。
自然に、凛の腕が伸びてくる。
いつも通りの、始まりのはずだった。
けれど、いつも通りではないことを、二人とも分かっていた。
言葉にしないまま、その事実だけが、静かに部屋の空気に沈んでいった。
窓の外では、雨がまだ降り続いていた。
傘の下、二人分の距離は狭かった。
会話はなかった。
雨音だけが、その沈黙を埋めていた。
いつもより長く感じる帰り道だった。
――
玄関の鍵を差し込む手が、いつもよりわずかに遅かった。
ドアを開けても、いつものような安堵はなかった。
部屋の空気さえ、今夜はどこかよそよそしい。
凛は、いつものようにソファへ座ろうとして、けれど中途半端な位置で立ち止まった。
落ち着かない、というのが、その背中から伝わってきた。
三年間、この部屋で誰よりも寛いでいたはずの人が、今夜は居場所を探しているように見えた。
――
玲依は、濡れた髪をタオルで拭きながら、ようやく口を開いた。
「どうして来たの」
「迎えに」という言葉は、選ばなかった。
そんな言葉を、自分の口から出すことはできなかった。
凛の視線が、一瞬だけ揺れた。
ほんの一瞬。
見逃してしまいそうなほどの、微かな揺らぎだった。
けれど玲依は、それを見逃さなかった。
「メッセージ、読んでくれないから」
いつもの軽い調子で、凛はそう答えた。
さっきまで確かにあった、あの四文字が、跡形もなく塗り替えられていた。
――
玲依は、何も言わなかった。
指摘すれば、何かが決定的に変わってしまう気がした。
見なかったことにする。
聞かなかったことにする。
そうすることに、今まで散々慣れてきたはずだった。
けれど今夜は、その選択に、以前とは違う感触があった。
塗り替えられた言葉に、安堵している自分がいた。
同時に、消えてしまったあの一言を、まだ手放したくない自分もいた。
矛盾したふたつの感情が、胸の中で静かにせめぎ合っていた。
――
「今日は、疲れた?」
凛が、いつもの調子で聞いてくる。
「別に」
短く返しながら、玲依はソファの隣に腰を下ろした。
自然に、凛の腕が伸びてくる。
いつも通りの、始まりのはずだった。
けれど、いつも通りではないことを、二人とも分かっていた。
言葉にしないまま、その事実だけが、静かに部屋の空気に沈んでいった。
窓の外では、雨がまだ降り続いていた。