そこにあったはずの愛
第十五話 檻の外側
朝、秘書室のドアを開けた瞬間、彩奈がすでに待ち構えていた。
デスクに頬杖をついた姿勢のまま、こちらを見据えている。
「昨日の人、誰?」
前置きも何もない、直球の一言だった。
玲依は、資料を抱えたまま、一瞬だけ言葉に詰まった。
「知り合い」
「知り合いって」
彩奈が眉を上げる。
「あんな空気、ただの知り合いに出す?」
答えられずにいると、彩奈はさらに身を乗り出してきた。
「あの子、めちゃくちゃ若く見えたけど」
「高校生かと思った」
その言葉に、玲依は曖昧に頷くしかなかった。
「ってか、三年前からなんだよね?」
彩奈が、何かに気づいたように目を見開く。
「じゃあ、あの若さで三年前って……下手したら中学生じゃん」
見た目だけで積み上げた、彩奈らしい乱暴な計算だった。
「さすがにそれはない」
玲依は間髪入れずに否定した。
「歳、いくつなの?」
「二十二」
言った瞬間、彩奈の目がさらに丸くなった。
「嘘、二十二歳なの?」
「あんな童顔で?」
「大学四年生よ」
苦笑しながら訂正すると、彩奈は胸を撫で下ろすように息を吐いた。
「良かった、犯罪の匂いがするとこだった」
その軽口に、玲依は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
――
けれど、彩奈の表情はすぐに真顔に戻った。
「ねえ、普通に彼氏でいいじゃん」
その一言が、思ったより深く刺さった。
「なんで体だけなの?」
「一緒にご飯行ったりしないの?」
「出かけたりは?」
矢継ぎ早に投げかけられる問いに、玲依はうまく答えられなかった。
「そういう、関係じゃないから」
そう返すのが、精一杯だった。
「そういう関係って、誰が決めたの?」
彩奈の言葉に、悪意はなかった。
ただの、素朴な疑問だったのだろう。
なのに、その一言が、玲依の中で静かに反響した。
――
デスクに戻り、書類に目を落としながら、玲依は考えていた。
誰が、決めたのだろう。
三年前、あの日、玲依が出した条件はひとつだけだった。
私以外の女は、抱かない。
それだけだった。
外で会うことも、食事に行くことも、どこにも禁じられてなどいなかった。
なのに、なぜ一度もそうしようとしなかったのか。
考えれば考えるほど、答えが見つからなかった。
まるで、最初から見えない壁があるかのように、玲依はその内側だけで三年間を過ごしてきた。
その壁を作ったのは、誰だったのか。
凛だったのか。
それとも、自分だったのか。
答えの輪郭は、まだぼんやりとしていて、うまく掴めなかった。
窓の外、午後の光が、ビル群の谷間を白く染めていた。
その光の中に、玲依はしばらく、視線だけを漂わせていた。
朝、秘書室のドアを開けた瞬間、彩奈がすでに待ち構えていた。
デスクに頬杖をついた姿勢のまま、こちらを見据えている。
「昨日の人、誰?」
前置きも何もない、直球の一言だった。
玲依は、資料を抱えたまま、一瞬だけ言葉に詰まった。
「知り合い」
「知り合いって」
彩奈が眉を上げる。
「あんな空気、ただの知り合いに出す?」
答えられずにいると、彩奈はさらに身を乗り出してきた。
「あの子、めちゃくちゃ若く見えたけど」
「高校生かと思った」
その言葉に、玲依は曖昧に頷くしかなかった。
「ってか、三年前からなんだよね?」
彩奈が、何かに気づいたように目を見開く。
「じゃあ、あの若さで三年前って……下手したら中学生じゃん」
見た目だけで積み上げた、彩奈らしい乱暴な計算だった。
「さすがにそれはない」
玲依は間髪入れずに否定した。
「歳、いくつなの?」
「二十二」
言った瞬間、彩奈の目がさらに丸くなった。
「嘘、二十二歳なの?」
「あんな童顔で?」
「大学四年生よ」
苦笑しながら訂正すると、彩奈は胸を撫で下ろすように息を吐いた。
「良かった、犯罪の匂いがするとこだった」
その軽口に、玲依は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
――
けれど、彩奈の表情はすぐに真顔に戻った。
「ねえ、普通に彼氏でいいじゃん」
その一言が、思ったより深く刺さった。
「なんで体だけなの?」
「一緒にご飯行ったりしないの?」
「出かけたりは?」
矢継ぎ早に投げかけられる問いに、玲依はうまく答えられなかった。
「そういう、関係じゃないから」
そう返すのが、精一杯だった。
「そういう関係って、誰が決めたの?」
彩奈の言葉に、悪意はなかった。
ただの、素朴な疑問だったのだろう。
なのに、その一言が、玲依の中で静かに反響した。
――
デスクに戻り、書類に目を落としながら、玲依は考えていた。
誰が、決めたのだろう。
三年前、あの日、玲依が出した条件はひとつだけだった。
私以外の女は、抱かない。
それだけだった。
外で会うことも、食事に行くことも、どこにも禁じられてなどいなかった。
なのに、なぜ一度もそうしようとしなかったのか。
考えれば考えるほど、答えが見つからなかった。
まるで、最初から見えない壁があるかのように、玲依はその内側だけで三年間を過ごしてきた。
その壁を作ったのは、誰だったのか。
凛だったのか。
それとも、自分だったのか。
答えの輪郭は、まだぼんやりとしていて、うまく掴めなかった。
窓の外、午後の光が、ビル群の谷間を白く染めていた。
その光の中に、玲依はしばらく、視線だけを漂わせていた。