そこにあったはずの愛
第二十七話 猜疑心

同じ夜が、もう何度目か分からないほど、繰り返されていた。

「今日行っていい?」

いつも通りの一文。

いつも通りの声で出迎えて、いつも通りの他愛ない会話を交わす。

けれど、体を重ねることだけが、あの夜からぱったりと途絶えたままだった。

態度は変わらない。

口調も、笑い方も、何ひとつ変わっていないように見える。

なのに、その一点だけが、ぽっかりと空白のまま横たわっている。

――

理由を、玲依は自分の中に探し始めていた。

きっかけは、あの日だ。

彩奈に背中を押され、初めて自分から誘いを送った夜。

外で会って、何もなく別れた夜。

あれが、引き金だったのではないか。

体だけの関係というルールを、自分から破ってしまったから。

もっと踏み込みたい、と欲張ってしまったから。

その報いを、今、こういう形で受けているのではないか。

そう考えると、胸の奥に、鈍い後悔のようなものが滲んでくる。

あのまま、何も変えなければよかったのかもしれない。

三年間続いてきた形を、勝手に壊してしまったのは、自分の方だったのかもしれない。

――

一度芽生えた疑念は、放っておいても、勝手に膨らんでいった。

もしかして、外に連れ出したことで、かえって幻滅させてしまったのではないか。

体を重ねる以外の玲依には、大した価値がないと気づかせてしまったのではないか。

考えれば考えるほど、可能性はいくつも枝分かれしていく。

もう、魅力を感じられなくなったのかもしれない。

あるいは、他に気になる誰かが、できたのかもしれない。

そのどちらでもないとしたら、と玲依はさらに考えを進めた。

もしかして。

この関係自体に、凛はもう、何の意味も見出せなくなっているんじゃないか。

三年間積み上げてきた約束も、最近踏み出した、あの何もない時間の温かさも、凛にとってはもう、色褪せてしまったのかもしれない。

そう考えた瞬間、胸の奥が、氷を押し当てられたように冷たくなった。

聡明であることは、時に呪いだった。

見なくていいものまで、深く読み取ってしまう。

考えなくていいことまで、際限なく考えてしまう。

その頭の良さが、今は自分を苦しめるためだけに機能していた。

――

「なんか、疲れた?」

会話の合間、そっと尋ねてみたことがあった。

「別に」

短い答え。

その素っ気なさの奥に、何かを隠しているような気配を感じたけれど、それ以上踏み込む勇気は出なかった。

聞いてしまえば、何かが決定的に終わる気がした。

分からないまま抱え続ける方が、まだ楽だと、玲依は自分に言い聞かせようとした。

けれど、それは楽なのではなく、ただ、答えを知ることが怖いだけだった。

――

その夜も、結局何もないまま、時間だけが過ぎていった。

「今日はこのまま帰る」

いつもの台詞。

いつもの笑み。

「そう」

短く答えて、見送る。

玄関のドアが閉まる音を聞きながら、玲依はソファに座ったまま、動けずにいた。

猜疑心は、雪のように静かに降り積もっていく。

一夜ごとに、少しずつ重さを増していく。

いつかこの重みに、押し潰されてしまうんじゃないか。

そんな予感さえ、玲依の中には、確かに芽生え始めていた。

窓の外、夜はどこまでも静かで、その静けさが、今夜も冷たく胸に染みた。
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