そこにあったはずの愛
第三十一話 告白

玄関のドアを開けると、いつも通り凛が立っていた。

けれど、リビングに入って向かい合った瞬間、玲依はすぐに気づいた。

いつもと、何かが違う。

いつもの軽さの奥に、今夜は張り詰めた何かが滲んでいる。

ソファに並んで座っても、凛はいつものように話しかけてこなかった。

膝の上で組んだ両手を、時折、意味もなく開いては、また組み直している。

その落ち着かなさが、玲依の胸に、じわりと不安を滲ませていった。

――

長い沈黙の後、凛が、ようやく口を開いた。

「……ごめん」

短い、掠れた声だった。

「抱けない」

その二文字が、部屋の空気を、一瞬で凍らせた。

玲依は、何も言えなかった。

言葉を、探すことすらできなかった。

あの夜、確かに自覚したはずの想いが、今、目の前で崩れ落ちようとしている。

――

沈黙が、痛いほど重かった。

エアコンの作動音だけが、やけに大きく響いている。

凛は、視線を落としたまま、何かを言おうとして、けれど言葉にならないようだった。

玲依の頭の中を、いくつもの想像が駆け巡っていく。

もしかして。

このまま、終わりを告げられるのかもしれない。

もう、この関係に、うんざりしているのかもしれない。

自分のことなど、もうどうでもよくなっているのかもしれない。

考えれば考えるほど、息が苦しくなっていった。

指先が、小さく震えている。

自分でも、抑えられなかった。

――

「…ど……」

声を、絞り出そうとした。

けれど、うまく出てこなかった。

「……どう……して……」

途切れ途切れの、掠れた声。

呼吸すら、ままならなかった。

聡明で、いつも冷静な言葉を選べたはずの玲依が、今、ただの震える一人の人間になっていた。

答えを聞くのが怖い。

けれど、聞かなければ、この沈黙に押し潰されそうだった。

――

凛は、しばらく黙ったまま、玲依の顔を見つめていた。

そして、意を決したように、口を開いた。

「三年前」

「金づるになればいいと思って、声かけた」

「けど」

言葉を、ひとつひとつ、探るように紡いでいく。

「いつからか、それだけじゃなくなってた」

「気づいたら、玲依さんのこと、ちゃんと好きになってた」

その言葉が、部屋の空気の中に、ゆっくりと溶けていく。

玲依は、息を止めたまま、その言葉を聞いていた。

「だから」

凛の声が、微かに揺れた。

「気持ちも確かめてないのに、体だけ重ねるのが、急に怖くなった」

「だから、抱けなくなった」

――

告げられた言葉が、玲依の中で、ゆっくりと像を結んでいく。

拒絶ではなかった。

終わりの合図でもなかった。

それどころか、これまでずっと探していた答えが、目の前にあった。

安堵と、驚きと、それでもまだ残る恐怖が、同時に押し寄せてくる。

好きだと、ようやく言葉にしてもらえた。

なのに、玲依の喉はまだ、震えたまま動かなかった。

――

「玲依さんは」

凛が、恐る恐るといった様子で、玲依の顔を覗き込む。

「どう、思ってる」

その問いに、玲依は答えられなかった。

答えを、知っているはずなのに。

言葉にする勇気が、まだどこにも見つからなかった。

窓の外、夜はどこまでも静かで、その静けさの中に、二人の呼吸だけが、微かに揺れていた。
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