そこにあったはずの愛
第四十七話 約束通り

閉店時間を過ぎた頃、玲依のマンションのインターホンが鳴った。

「はーい」

玲依は、少し弾んだ声で応答した。

――

「お疲れ様」

玄関を開けると、凛が、まだ少し疲れの残る顔で立っていた。

けれど、その目には、確かな喜びが浮かんでいた。

「約束通り」

――

「うん、待ってた」

玲依は、そう言いながら、凛の腕を引いて、部屋の中へと招き入れた。

――

「今日、驚いたよ。急に来るから」

凛が、靴を脱ぎながら、笑って言った。

「ダメだった?」

「ううん」

凛は、玲依の頬に、そっと触れた。

「めちゃくちゃ、嬉しかった」

――

その一言に、玲依の胸の奥が、じんと温かくなった。

――

「制服、似合ってた」

「見すぎ」

「見るでしょ、普通」

軽口の応酬に、二人とも、自然と笑みがこぼれた。

――

ソファに並んで座り、今日一日を振り返る。

閉店間際、常連客に冷やかされたこと。

玲依が見ていることに気づいて、危うくオーダーを聞き間違えそうになったこと。

――

こんなふうに、同じ一日を、二人で振り返る時間。

三年間、玲依には縁のなかった時間だった。

――

「今日、ずっと、そわそわしてた」

凛が、思い出したように言った。

「玲依さんが見てると思うと、コーヒー淹れる手、震えそうだった」

「私は、気づかなかったけど」

玲依が、澄まし顔で、そう返した。

「嘘。めちゃくちゃ俺のこと見てたくせに」

凛が、すかさず切り返す。

――

図星を突かれて、玲依は、少しだけ視線を逸らした。

その反応を見て、凛は、満足そうに笑った。

――

「玲依さんの、そういう顔、好き」

「どういう顔」

「隠しきれてない顔」

――

からかうように言われて、玲依は、軽く凛の肩を小突いた。

けれど、その拍子に、二人の距離が、さらに近づいた。

――

視線が、絡む。

さっきまでの軽口が、ふっと止んだ。

――

凛の手が、玲依の頬に、そっと添えられる。

「今日、ずっと、これしたかった」

囁くような声だった。

――

唇が、重なる。

優しく、けれど確かな熱を伴って。

――

離れた後も、二人の額は、しばらく触れ合ったままだった。

「疲れてない?」

玲依が、そっと聞いた。

「玲依さんといると、疲れなんて、どっかいく」

――

その言葉に、嘘はないように聞こえた。

けれど、玲依は、凛の目の下に残る、薄い影を、指先でそっとなぞった。

「ちゃんと、休んでね」

「うん」

素直な返事だった。

――

「今夜は、何もしないで、ただ、一緒にいよう」

玲依が、そう提案した。

凛は、少し驚いたように、目を瞬かせた。

「珍しいね、玲依さんがそんなこと言うの」

「たまには」

――

二人は、ソファに並んで、毛布にくるまった。

テレビをつけるでもなく、ただ、寄り添うだけの時間。

凛の頭が、玲依の肩に、そっと預けられる。

――

「幸せ」

凛が、ぽつりと呟いた。

「私も」

玲依は、その頭を、そっと撫でた。

――

窓の外、夜が更けていく。

これといった特別なことは、何も起きなかった。

けれど、この何でもない時間こそが、玲依にとって、かけがえのないものだった。

――

三年間、こんな夜が来るとは、思ってもみなかった。

体だけを重ねてきた関係の先に、こんな穏やかな幸福が待っているとは。

――

規則正しい寝息が、隣から聞こえてくる。

凛は、いつの間にか、また眠りに落ちていた。

――

玲依は、その寝顔を、しばらく見つめていた。

この幸せが、どうか、ずっと続きますように。

そう、静かに願いながら。
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